◎短編

◆紅

 ←たなばたさま☆そしてお返事 →恐怖の夏休み。そしてお返事。


日を追う毎に増す暑さに堪えられず夜な夜な眠りが浅くなる夏の宵。
近頃新撰組隊内には妙な噂が流れていた。

「俺も見たぞ。」
「まじかよ。どうだった?」
「どうって恐ろしすぎてすぐに逃げたからさ。」

風通しの良い場所で男五人ほど集まり何やらコソコソと話をしている。
「何の話ですか?」
総司がひょい、と上から声をかけると男たちは、心底驚いた、とばかりにその場で飛び上がった。
「沖田先生!驚かさないでくださいよ!」
「別にそんなつもりは...すみません。」
総司が申し訳なさそうに肩を竦めると隊士たちも、こちらこそすみません、と頭を下げた。
「いやね、沖田先生もご存知でしょう?最近の噂。」
「噂?ああ。夜に幽霊が出るというやつですか?」
総司の言葉に皆が大きく頷く。
「皆暑さで参っちゃって幻でも見てるんではないですか?」
総司がケラケラ笑いながらそう言うと
「でも、見る場所は皆いつも同じであそこの使っていない蔵に入って行くんですがね。覗いた奴もいるんですよ。でも真っ暗で何も見えないし中には嫌な空気が漂って...」
隊士が身震いをしながら話続ける。
「何が恐ろしいって、その幽霊女らしいんですよ。」
「女、ですか。何でそれが恐ろしいんですか?」
「だって沖田先生!女がそんな夜中に屯所に入れる訳がないじゃないですか!一応門番だって夜中いるんだし。と、いうことは絶対に人間ではないんですよ。幽霊!お化けなんですって!」
震えながら話す隊士の顔を見ながら、総司は、まあこんな怪談話で少しでも涼しくなれるのならいいか、と心の中で笑う。
「なるほどね。ではその幽霊に悪戯されないように皆さんきちんと夜は休んでくださいね。」
まるで子どもをあやすように年下の上司にそう言われた隊士たちは、はーい、と素直に返事を返す。
総司がその場を立ち去ろうと腰を上げると廊下の向こうからセイが歩いてくるのが見えた。
「神谷さん。相変わらず忙しそうですね。」
「あ、沖田先生。はい、最近は夜中まで書き物が終わらなくて。」
そう話すセイの顔からは疲れが滲み出ている。
只でさえ暑さで辛いこの時期に寝不足とあってはさすがのセイも体力が持たないのだろう。
「そうですか。でも夜はきちんと休まなくては身体が持ちませんよ。幽霊にも出くわすし。」
「幽霊?」
総司の言葉にセイが首を傾げる。
「ええ。幽霊が出るらしいですよ、最近...。」
総司はセイを怯えさせようとしたのか低い声を出して手を前に垂らし幽霊の真似をする。
セイはその姿に怯えるどころか声をあげて笑うと、急いでいるので、と足早に副長室へと消えていった。
土方の小姓になってからは忙しくてなかなか構ってくれないくれないセイの後ろ姿を唇を尖らせながら見送ると総司も手拭いで汗を拭いて仕事へと向かった。



その晩も寝苦しいほどの暑さだった。
一番隊の皆はうんうん唸りながらも昼間の隊務の疲れからか眠りにはつけているようだ。
総司はごろごろと寝返りを打ちながら昼間のセイの言葉を思い出す。

最近は夜遅くまで仕事が終わらない、と言っていた。
ぐったりとしたセイの顔を思い出して総司はそっと布団を抜ける。
何か手伝えることがあれば。
そう思ってセイのいる局長室へと向かった。


廊下は真っ暗でギシギシと自分の足音と時折庭から虫の音が聴こえる。
流石の土方も床に入ったのか部屋は暗く、その奥のセイのいる部屋だけ薄く灯りがついていた。
「神谷さん...?」
総司が声をかけてそっと、襖を開けようとした時。

ふ、と後ろに何かの気配を感じて総司は身を固める。
そっと襖から手を離すと反対の手に持っていた蝋燭で辺りを照らし気配を探った。
ザッという風の音と共に気配が動く。
総司はとっさにその気配を追いかけるが中庭辺りで見失ってしまった。

深夜とはいえ蒸し暑さの中で走り回った総司は流れてきた汗を袖口で拭う。
一息つこうと井戸で水を汲んでいると、ふ、とまたあの気配を近くに感じた。
今度はそっと、相手に気付かれぬよう気配の主を探る。

こんな夜中に何処に、誰が...?

気配の主に気付かれぬよう、蝋燭の灯りを消した総司が目を凝らして夜闇を探る。
すると薄い月明かりの中、人影のようなものが建物に入っていくのがうっすらと見えた。
「誰...?」
総司の声に人影の動きが一瞬止まり、チラ、と此方を振り向く。
暗闇の中では顔は見えず、ただ控え目に色付く唇だけがやけに眩しく目に映る。
あまりに鮮やかな紅に総司の胸がドクンと高鳴ると同時にその影が建物の中へと消えていった。

暫く呆然とその場で立ち竦んでいた総司は、ポトリと汗が額から流れてきたのをきっかけに我に返る。
そしてもう一度顔中の汗を袖で拭うと、影が消えていった建物へ近づいて行った。

そこは昼間に隊士立ちが話をしていた蔵。
『その幽霊、女らしいんですよ。』
昼間の話が一つずつよみがえる。
皆はあの輝く唇を見て、『女』だと思ったのだろうか。

まさか、と思いながらそっと蔵の扉に耳を近付け中の様子を探るが何も聞こえない。
総司はきょろきょろ、と辺りを見回して誰もいないことを確認するとゆっくりと扉を開けて中へと入っていった。


「誰か、いるんですか...?」

元々窓が少ない蔵の中は外よりも更に暗く、灯り取りの為に空いている隙間からの月明かりの光に目がなれるまで大分時間がかかった。
暫くして、まだぼんやりとしか見えない視界の中で総司は一つの人影を発見する。
「そこで何をしている?」
総司の声が暗やみでぴりりと響く。
その声に奥に隠れるように座っていた人影がゆっくりと総司の方へと振り返った。

「神谷、さん...?」

総司は振り向いたその顔に驚きを隠せない。
暗やみではっきりとは見えないが、いつも見ている愛しい人の影形くらいこれだけ近くにいれば分かる。
「...」
女は総司の言葉に返事をすることはなくまた後ろを向くと懐から何かを取り出した。
「なにを、しているんですか...?」
総司が女に一歩近付くとすこしの緊張感が二人の間に走り思わず総司が足を止めると女がゆっくりと振り向いた。
そして小さな陶器の入れ物を差し出す。
「...何ですか、これ...?」
総司がそれを受け取ろうとまた一歩近づこうとすると、来るな、と言わんばかりに女の影が後ろに下がった。

「...」
総司が出した手を引っ込めることが出来ずにいると女が
「...紅です....」
小さな声で呟く。
その声はやはりセイの声と同じようで、でもどこか震えていて、もしかしたら違う女なのかもしれない、と総司は未だに確信が持てない。
もしかしたら、皆の言っていた『幽霊』なのかも、しれないー。

「紅...?紅く、ありませんね。良く見えませんけれど。」
総司は器の中身を遠目から見据えるが暗闇の中で見えるのは陶器の艶やかな白と碧だけ。
中身は何か光っているようにも見えるが紅、とは言えずどちらかといえば黒。
「...玉虫色、と言います...」
「玉虫色...?」
暗闇に聞こえる女の声は総司の頭の奥に痺れるように響いてくる。
女はコクリと小さく頷くと自分の薬指をチロリと舐めた。
そしてその指で紅が入っている陶器の壁をそっと撫でる。
「...湿らすと、鮮やかな紅になります....」
確かに女が触れたその場所だけが玉虫色とは全く違う艶やかな紅に変化している。
女はその紅を少し拭うと自分の唇にそっと乗せた。

ハッとするほどの紅が、暗闇に浮かびあがる。

その艶やかな色に、仕草に、総司が呆然と見とれているとその紅く色付く口元がにこり、と笑ったように見えた。

「...沖田先生にも点して差し上げましょうか...?」
「え、何故、私の名前を...」
総司の言葉にはやはり応えず女はソロリと立ち上がるとゆっくりと大回りをして総司の後ろに立った。
そして後ろからそっと、総司の目元を小さな掌で覆う。
「決して、目を開けないでくださいね...。」
カタンと陶器の蓋を床に置く音がして総司は自分の目を押さえている手を慌てて握る。
「え...でも、あの私男ですし、紅なんて...」
手を乱暴に振りほどく事も出来ずにいると、女の気配が背後から総司の身体の前へと移った。
「あの....」

総司の言葉を遮るように女の唇が総司のそれに重なる。

「え....」
何が起きたのか理解出来ない総司の身体が固まる。
「男の方が紅を点す、というのはこういう事ではありませんか...?」
女はそっと総司の耳元で囁くともう一度、唇を重ねた。
先程よりも長く、それは続く。
女が動くと甘い汗の香りがして、何処かで知っているようなその香りに総司は思わず掴んでいた女の手を離すと勢い良く女の背中に腕を回した。
「ん、はぁ...」
貪るように唇を重ねる二人。
いつの間にか女の手も総司の目元から離れ、代わりにその逞しい身体を強く抱き締めていた。
大きく息をついて、離れた唇を総司は女の首筋に持っていく。
大きく抜けた襟の向こうにまだ新しい傷痕がチラリと見えた時、総司の胸が大きく高鳴った。

忘れる訳がない。

自分を護る為に負わせてしまったあの傷痕。


「神谷さん、なんでしょう...?」


総司の声に女は身体をビクリと震わす。
そして
「..今宵の出来事は....誰にも言わないでくださいね....。」
総司の問いにはやはり答えることはせずに、そう耳元で囁くとスッと立ち上がり総司の方を振り向く事なく蔵の外へと出ていった。




次の日の朝、目覚めると総司は自分の布団の中にいた。
あれからどうやってここまで戻ってきたのかさっぱり覚えていない。
茹だるような暑さの中、総司はぼんやりと顔を洗いに井戸へと向かう。

「あ、沖田先生!お早うございます」

そこには爽やかな笑顔で自分に挨拶をするセイの姿。
昨日の蔵での出来事を思い出して総司の胸がドクンと大きな音を立てた。
「お、お早うございます...」
目も合わさずに挨拶を返す総司の顔をひょい、と覗きこむセイ。
「沖田先生?どうかされたんですか?」
きょとん、と瞳を丸くするセイからは昨日の夜の雰囲気なんて一寸も感じられず総司は、あれ、と思う。

やはり、あれはセイではなかったのだろうか。
本当に『幽霊』だったのか。

それとも叶わぬ恋心がせめてもの思いで魅せてくれた夢だったのだろうかー。


いつもと変わらぬセイの様子にそんなことを考えながら総司が少しホッとした気持ちで漸くセイの顔を真っ直ぐ見るとセイの口元が湿っているのか何かが光って見えた。
「あれ、神谷さん口元何かついてますよ。朝っぱらから摘まみ食いでもしたんですか?」
「え?ああ、そういえばさっき賄い方に頼まれて朝食の味見を...」
全く、子どもみたい、と総司は笑いながらツイ、とセイの口元をなぞる。


その柔らかな感触に総司の胸がザワリと震える。

確かに覚えている、その感触。


総司がセイの口元から指を離せずにいると
「沖田先生、どうしましたか?」
セイが柔らかく微笑んだ。


触れた先には

妖しく光る、玉虫色の唇ー。





※※※※※※※※※※※※※※※※※

夏ですからね....暑いですから。少しゾッとするような尚且つ妖艶なお話を書いてみたくなりました。元ネタをくださったのは一緒に新撰組ツアーに出掛けたAさんBさんCさん。Aさんに紅の情報を教えて頂きCさんに妖艶なセイちゃんを描いていただきBさんに驚きの表紙を描いていただいたのでこれは私も書かねば!と気合いを入れました(о´∀`о)が、妖艶って難しいわね...何せ私自身『妖艶』なんてものに程遠い人種なもので...(残念)
少し今までの作品と趣向を変えたお話、如何だったでしょうか。少しでも楽しんで頂けたらば幸いです(*^^*)
それでは読んでくださりありがとうございました!暑さが続きますので皆様体調お気をつけくださいね。
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No title

普段は影とか妖艶さなんてみじんもないセイちゃんですが、夜の闇に紛れてこんな一面があったらぞくっとしますね!

朝になっていつも通りおひさまのセイちゃんなのに、夜の名残がちらっとあるのがドキドキです(/ω\)
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