◆黄昏月

◆黄昏月 〈一〉

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誰もいない副長室で山のような書類の整理をしながらセイは思う。
やはり自分は総司が好きなのだ、と。
どんなに振り回されようと、冷たくされようと、今まで総司から貰った優しさの方が胸に溢れている。

(想いを、伝えよう。)

突き放されたっていい。
このまま想いが溢れて壊れてしまうくらいなら自分がいつも、いつまでも総司の一番近くで想っている事を伝えよう。
応えてもらえなくてもいい。
ただ、伝えたいー。

セイは小さく頷くと、すっと立ち上がり総司のいる一番隊の部屋へ駆けて行った。


同じ頃、総司は隊部屋で悩んでいた。
このところセイがどんどん綺麗になっていく。
自分の恋心に気付いてしまったからなのか、はたまた十八という女盛りをセイが迎えたお陰なのか。

あの晩肩の手当てをするから、といって触れた白くて滑らかな肌が忘れられない。
毎晩のように思い出しては眠れない夜を何度過ごしただろう。

総司はすくっと、立ち上がると部屋を出る。

(伝えよう。)

こんなに悶々と毎日を過ごすくらいなら気持ちを伝えてスッキリした方がいい。
これ以上眠れぬ夜を過ごしてはいつ隊務に支障が出るかも分からない。
気持ちに応えてもらえなくても、想いを伝えるだけで何かは変わるのではないか。

そう考えて総司は隊部屋を出るとセイのいる副長室へ向かう。
逸る気持ちが総司の足取りを早くさせて気づけば廊下を走っていた。

あの角を曲がればもうすぐそこー。

二人が同時にそう思って角を曲がろうとした瞬間。


ガッターンと大きな音が屯所内に響く。
何だ何だ、と音のした方へ皆が向かっていくとそこには廊下にバタリと倒れる総司とセイの姿。
「沖田先生!?神谷!?大丈夫か!?」
一番隊の相田が二人の肩を揺らそうとすると後から駆けつけてきた斎藤がそれを止める。
「その様子だと二人は頭を打ったらしい。むやみに揺すらない方がいいだろう。」
斎藤の言葉を聞いて二人の頭を見ると確かにどちらの額も真っ赤に腫れている。
どうやら反対方向からそれぞれ走ってきた二人は、この廊下の角を曲がるときに互いにぶつかりそうになって咄嗟に避けようとした時にセイが右側の柱に、総司は左側の柱に、見事に頭をぶつけたらしい。

これが隊随一の鬼と恐れられる一番隊長と池田屋事件で『阿修羅』と呼ばれた古参隊士がすることか、と誰もが呆れた溜め息をつく中、いつまでたっても目を覚まさない二人がさすがに心配になった相田たちは斎藤に相談の上、松本法眼の元へ運ぶ次第となったのである。


※※

「...イ...セイ....」
朦朧とする意識の中で自分を呼ぶ声が聞こえてセイはうっすらと瞳を開ける。
ぼんやりと見える白い天井と...坊主頭...それと...
「...タレ目のおじちゃん!?」
ガバッと勢いよく起き上がると額がガツンと痛んだ。
いたた、と額を押さえながらゆっくりと顔を上げるとやはりそこには見たことのある顔。
「いたた...タレ目のおじちゃんですよね?何でこんなところに...?父に会いに来たのですか?あれ、というか此処は何処でしょう?」
キョロキョロと部屋を見回しながら何やらおかしい言動をするセイに法眼はもしや...と顎を擦る。
「セイ、おめえ覚えてねえのか?」
法眼の言葉にセイは怪訝そうな顔で首を傾げる。
「え...?何の話でしょうか?あの、兄上を呼んで頂けませんか?父は仕事で忙しいと思いますので。」
布団を抜け出して立ち上がろうとするセイを法眼は優しく止める。
「とりあえずここで寝てろ。いいか、セイ。おめえは頭を打って倒れたんだ。急に動くのはいけねぇ。」
肩を押さえ込まれ訳が分からないなりにセイはもう一度布団に潜り込む。
不安そうな顔をしているセイの赤く腫れた額を手拭いで冷やしながら法眼は確信に触れる質問をする。
「ところでセイ。今は何年だ?」
「え..?文久...」
法眼がやはり、と頷くのと同時に廊下でわーわーと騒ぐ声が聞こえてきた。
「ちょっと、沖田さん!まだ寝てなくては駄目ですよ!」
「離してください!こんなところで寝ていたら置いていかれる!」
騒ぐ声は止むどころかセイの休む部屋にどんどん近づいてくる。
一体何事ですか、とセイが法眼に問いかけるとパシンと部屋の襖が開いた。
「ああ、だからそっちは玄関ではなくて...」
部屋の入り口で法眼の弟子の南部が必死に総司の腕を引っ張っている。
その様子を見た法眼は、やはり沖田もか、と溜め息をついた。
「沖田...おめえは何処に行く気だ?」
法眼が頭を抱えながらそう聞くと総司は、誰だこの人は、とでも言いたげな顔をして南部の手を振り払う。
「何故私の名をご存知なのですか?いや、そんなことはどうでもいい。早く行かなければ置いていかれてしまうんですってば!」
子どものように手足をバタバタとさせながらそう訴える総司。
法眼は、落ち着け、と総司の肩を叩くと
「だから、誰と何処に行く予定なんだよ?」
なるべく声を荒げないように静かに問いかける。
その反対に総司はムッと口を尖らせると、だから、と声を張り上げた。
「近藤先生と土方さんですってば!今から京へ出発するのです!」
総司の言葉にポカンとする南部を他所に法眼は、そうかそうか、と何度も頷くと
「とりあえず近藤たちを呼んできてやるからあっちの部屋で待ってろ。」
と総司の背中を押してセイのいる部屋を出ていった。

※※
「記憶がなくなっている!?」
診療所に呼ばれた近藤と土方は法眼の言葉に目を丸くする。
「ああ。頭を強く打ったことで頭の中身が混沌としちまったんだろうな。」
そんなことがあるのだろうか、と近藤が頭を抱えていると土方が身を乗り出した。
「総司たちに会うことは可能でしょうか?」
法眼はうーん、と宙を見上げると大きな溜め息をはく。
「沖田は...まあ、おめえらの事も覚えているようだし会うことで何かしら思い出すかもしれねぇからまあいいとして...」
問題は清三郎だ、と法眼はセイの通り名を口にする。
あの後もう一度落ち着いてセイと話してみたがどうやらセイの記憶は新撰組に入る少し前からすっぽり抜けている。
家族が殺されたことも覚えていないし勿論自分が新撰組に入ったことも武士の成りをしている経緯も分かっていない。
先程自分の袴姿と月代を見て泣き出してしまったところを漸く落ち着かせてきたところなのだ。
「とりあえず清三郎に会うのは少し時間をくれ。余計に混乱すると治りが悪くなる。」
そうですか、と溜め息をついて二人は同時に同じ質問をする。
「それは、治るのですか?」
声が揃った事に笑うことも出来ず法眼は腕を組むと、分からん、と一言だけ返した。

近藤たちが総司の部屋へ入ると総司は心底安心したような笑顔を見せる。
「近藤先生!土方さん!」
布団から飛び出て二人に駆け寄ると、出発の時間は大丈夫ですか?と不安気な顔をする総司。
総司が江戸から京へ向かう直前の時期まで記憶が遡っていることは法眼から聞いていたが、まさか本当に、という絶望感は流石に隠しきれなかった。
「あ、ああ。あれならお前が倒れている間に駕籠に乗せて連れて来てしまったんだよ。」
「え!?それでは、今ここは江戸ではないのですか?」
幸い近藤たちの動揺に気付くほど敏感ではなかった総司は素直にその言葉に驚く。
「ああ。ここは京だ。」
土方が頭を抱えながらそう答えると総司は、そうなんですか、と肩を落とした。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。...て、あれ?」
総司は深々と頭を下げてから土方の顔をまじまじと見つめる。
疑わしげなその表情に土方は、まさか、と思い総司の肩を掴んだ。
「総司!もしかして思い出したか!?」
土方の必死な問いかけに総司は首を傾げる。
「何を思い出すのですか?それよりも、土方さん、何だか老けました?」
ほら、この辺の皺が増えた気がする、と自分の眉間をゴシゴシと撫でる総司の言葉に土方の手がワナワナと震える。
そのやり取りをオロオロと見ていた近藤が、まあまあ、と土方の背中を叩くと
「総司。お前はまだ額の傷が治ったという法眼の許しが出るまでここでお世話になりなさい。」
と嗜める。
尊敬する近藤の言葉であれば反抗することは出来ない。
総司は素直に、はい、と返事をすると布団へ戻っていき赤く腫れた額を撫でながら、もう大丈夫なんだけどな、と呟いた。


廊下で一部始終を聞いていた法眼が部屋を出て来た近藤たちに、ヤバイだろ、と瞳で訴える。
二人はうんうん、と何度も頷きながら大きな溜め息を吐いた。
「いつ記憶が戻るかは全く分からねえ。しかし頭が落ち着けば少しずつは思い出せるとは考えている。とりあえず七日。様子を見させてくれ。」
勿論その前に記憶が戻ればすぐに隊に戻す、と話す法眼に近藤たちは、お願い致します、と頭を下げた。


近藤たちが帰った後総司が水を飲もうと部屋を出ると廊下でセイに出会った。
すっかり互いの事も忘れている二人は怪訝な目で様子を伺う。
セイは月代があり男物の着物を着ているが総司の目にはどうみても女子にしか見えない。
「あなた...何故そんな格好をしているんですか?」
総司の問いかけにセイの瞳から涙がぶわっと溢れる。
突然の泣かれてしまったことに総司が焦っているとセイが泣きながらその場にしゃがみこんでしまった。
「わ、私の方がそんなことが聞きたいですっ!目が覚めたら知らない家に寝かされて、兄上もいないし、何故かこんな武士のような格好をしているし...どうしていいか分からないんですから!」
わんわんと子どものように泣きじゃくるセイの頭を総司はそっと撫でる。
「す、すみません。気が利かなくて..あの、私も同じですよ。目が覚めたら江戸にいたはずなのに京にいたんですからたまったものじゃないです!」
総司の慰めにも耳を傾けずにわんわん泣き続けるセイに流石に苛ついた総司が大きな声を出した。
「あなたね!子どもじゃないんですからそんなに泣かないでくださいよ!」
私だって泣きたいんですからね、と声を荒げる総司をセイはキッと睨み付ける。
「あなただっていい大人の男なのですから女子には優しくされたらいかがですか?」
いつの間にか泣き止んで強く言い返すセイ。
ムッとした二人が廊下で大声で言い合っていると向こうから法眼が呆れ顔でやって来た。
「おめえら...ここでもまた喧嘩か...まあいい。セイ、連れてきてやったぞ。」
「おセイちゃん!大丈夫なん?」
そう言って法眼の後ろから飛び出してきたのはお里。
セイはお里の顔を見てあからさまに嫌そうな顔をする。
「え...あなた、確か兄上の...?松本先生、どうしてこの方を連れてきたんですか?私は兄上を連れてきて、と頼んだはずです。」
セイがまた泣きそうな顔で法眼に訴える。
法眼とお里は困ったような顔で見合わせると、はぁと大きな溜め息をついてセイの肩を叩いた。
「とりあえず...その格好なんとかしねえと誰にも会えねえだろうが?お里さんに女子の着物を持ってきてくれるよう俺が頼んだんだよ。」
ついでに髪も結ってもらえ、と言い残すとセイとお里を残して総司を引っ張って行ってしまった。
「..」
取り残されたセイはお里の顔を真っ直ぐ見ることも出来ずに俯いている。
法眼から症状は聞いていたものの、すっかり自分の事も兄の死の事もあんなに大好きだった総司の事も忘れてしまい怯えているセイがあまりに不憫でお里はそっとセイを抱き締めた。
「ほんまに可哀想に。痛かったやろね。」
そう言ってよしよしと自分の頭を撫でてくれるお里の声を聞いてホッと心が暖まったセイは兄はこの柔らかな声が好きだったのだろうか、とぼんやりと思う。
そしてその後は素直に着替えの手伝いを受け入れ髪も結い直してもらうころにはすっかりお里に心を許せるようになっていた。


暫くして総司が中庭をうろうろとしていると法眼とお里の話し声が聞こえてきて思わず耳をすます。
「おセイちゃんほんまに何も覚えてないんやろか。」
「ああ。とりあえず富永の家の事もセイには言わないでくれねえか。これ以上混乱したらあいつ何するかわかんねぇからな。」
法眼の言葉に泣き出したのだろうか、お里の声が震えている。
「佑馬はんがもう亡うなっとるなんて知ったら...おセイちゃんは何度辛い思いせなあかんのやろか...」
お里の言葉に法眼も黙りこんでしまったようだ。

二人の会話を聞いていた総司も胸が痛んだ。
さっきの女子の家族はもう亡くなっていてそれを彼女は忘れている。
ただでさえ記憶が混沌としていて不安なのに、それを支えてくれる家族がいないなんて可哀想に。
自分には兄分の近藤と土方がいるだけでこんなにも心強いのに。

セイにとって自分が何かしら役にたつことがあればいいのだけれど。

ふ、と空を見上げると薄く雲がかかった月が淡く輝いていた。
いつだかに土方に教えてもらった『朧月』という言葉が浮かんできて、ああ、そうか。今は春だった、と総司は思う。
ふわりと柔らかな風に乗って甘い香りが漂ってきてふ、と香りのする方をみるとセイが縁側にポツリと座っていた。
その寂しそうな横顔に、何と声をかけていいのか分からなくて総司はセイに伸ばしかけた手を引っ込める。

そして総司は未だにズキズキと痛む額を押さえながら部屋へと戻っていった。




※※※※※※※※※※※※
このお話はリッチ様に頂きましたリクエスト!テーマは「記憶喪失」です。妄想広がるお話だわ、とわくわくしつつセイちゃんが記憶喪失の話は二次で読んだことある。先生も...あったような気がする。さてどうする?ということで「二人とも記憶なくしちゃえー!」と無茶ぶりです(*´∇`*)またまた連載物になってしまいますがお付き合いのほど宜しくお願い致します。
前回の雑記や過去作品にも拍手やコメントありがとうございました。お返事次に書かせて頂きますね(*^^*)
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~ Comment ~

楽しみです(*^^*)

新しい連載、嬉しいです!
仕事中にPCがフリーズしてしまったので、回復を待ちながら、ふとブログを覗いたら新しい連載を発見しました!
フリーズしてくれて、ありがとぉ、PC♡

なんだか楽しそうな連載ですね(*^^*)
今後が楽しみで、元気出ました!

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NoTitle

スキンががらっと変わっていて、一瞬別のサイトにきてしまったかと思い増しtた。シンプルなデザインから、風景写真が背景の落ち着く感じになりましたね!

たしかに記憶喪失物だと、セイちゃんが忘れるのも総司が忘れるのも読んだことあります。
二人ともっていうのは初めてですね!
期待して待ってます~。
(お返事不要です)
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