◆黄昏月

◆黄昏月〈二〉

 ←取り急ぎ。そしてお返事。 →我慢我慢...そしてお返事。


先の見えない不安の中、夜遅くまで寝付けなかったセイはまだ日の光が淡い頃庭先からかすかに聞こえる素振りの音で目を覚ました。
「...兄上...?」
毎朝庭先で素振りを欠かさなかった兄の事を思い出してセイが寝ぼけ眼を擦りながら廊下へ出てみると中庭で素振りをしている総司の姿が見えた。
セイは兄の佑馬とは遊びがてらに剣を振ることもよくあった。
五歳も歳が離れていたセイが体格も性別も違う兄に勝てることなどなく、兄は日の本一強いのではないか、といつの間にか思い込んでいた時もある。
今、目の前でセイの存在にも気がつかずに一心に剣を振るこの男。
目に見えないくらい鋭い速さの太刀筋と、そして少し癖のあるその構えをセイは何故か懐かしい気持ちで眺めていた。
「エイッ!」
引き締まった気合いの声と共に縁側の方に向き直った総司は漸くセイの存在に気づく。
「ああ...。えと、おセイさん。お早うございます。起こしてしまいましたかね?」
袖で流れる汗を拭きながら総司は爽やかな笑顔で挨拶をする。
その笑顔にセイの胸がドキリと高鳴った。
「いえ...。こちらこそ、お邪魔してすみませんでした...。よく兄と稽古していたのを思いだしてしまって..」
赤くなってしまった顔を隠すように俯くセイを兄の事を思い出して泣きそうになっていると勘違いした総司が、はい、と竹刀を差し出す。
「え?」
突然竹刀を渡されて目を丸くセイの手を総司はぐいと引っ張ると
「一勝負しませんか?」
とニコリと微笑んだ。
セイはみるみる表情を明るくすると、はい!と大きな声で返事をする。
「あ、でもこの竹刀、竹刀というか木刀なんですけれど女子の貴女に振れるかなぁ。」
確かに渡された物は普通の剣術稽古で使う竹刀の二倍も三倍も太さも重さもありそうだ。
しかし難なくその木刀を握りしめ上段の構えを取るセイの姿を見て総司は、あれ、と思う。
(私の構えに、よく似ている)
少し角度に癖のあるセイの構えに総司は首を傾げながらも
「構えられただけでも上等上等。では、どこからでもいらっしゃい。」
とセイを挑発した。
「では、遠慮なく。」
セイはニコリと微笑むと構えを崩すことなくじりじりと総司との間を詰めていく。
一寸の隙もない総司の構えにセイの額からじわりと汗が滲む。
普通の素人ならば直ぐに打ち込んでくると思っていたがきちんと間合いを読むことが出来るセイの姿に総司は感心する。
そして足さばきはどうかと、ふ、とその足元に目線を移した時。
「ちょ、おセイさん!裾!」
「隙あり!!」
総司がセイの大きく開いた着物の裾に目を取られているうちにセイが勢いよく踏み込んで総司の面を狙ってきた。
そこは流石総司。軽々とそれを避けたもののセイが足元の岩場に引っ掛かって転んでしまい勢い余って総司の胸に飛び込んで来た。
「あいたた...」
尻餅を付きながらもしっかりとセイを抱き抱えた総司は腰を擦りながらも先ずはセイの様子を気にかける。
「大丈夫ですか??おセイさん?」
「はい...す、すみませんでした。つい、調子に乗ってしまって...。」
セイは慌てて総司から離れると頭を下げる。
「いや、いいんですけど...あの、今度はその、あの襟が..」
総司がセイの胸元を指さしながら真っ赤な顔をして目を反らす。
セイがハッとして自分を見ると襟元は大きくはだけて胸元がチラチラと見えているし足元も大きく乱れた裾から白い足が膝の上まで顕になっている。
「きゃっ...!す、スミマセン...お見苦しいものを..!」
セイが慌ててうしろを向いて着物を直していると騒ぎに目を覚ました法眼が頭を掻きながらやってきた。
「おめえら、朝から何やって...」
そこまで言ってあまりのセイの着物の乱れようと二人の真っ赤な顔に気付いた法眼はニヤニヤと笑いながら冷やかしの言葉をかける。
「なんだよ、邪魔したか?」
「な、な、なんの話ですか!?私たちは稽古をしていただけで、やましいことは何も...!」
二人の慌てぶりに法眼はカカカと満足そうに笑うと、朝飯出来てるぞ、と声をかけて言ってしまった。
セイは法眼を追いかけるようにして部屋へ戻っていく。
部屋の手前で思い出したように総司の方を振り返るとペコリと頭を下げた。
漸く我に返った総司は思わずセイの後を追いかけて腕を掴む。
「な、なんですか?」
驚いたセイが振り返ると総司は、何故追いかけてきたんだっけ?と自分の行動を不思議に思いながら、ええと、と口ごもる。
「あ、あの。なかなかいい打ち込みしていましたよ!」
やっとのことで総司の口から出てきた言葉は色気も何もない言葉でセイは瞳を丸くさせると、あははと大きな声で笑い出してしまった。
「ありがとうございます。またご指導お願い致します!」
花のような笑顔を残して部屋に入っていくセイ。

どうしてなんだろう。
セイの笑顔を見ると、セイに触れると、胸がぎゅっと苦しくなる。
江戸で女子はうんざりだと思う出来事があってからずっと蓋をしてきたなにかが溢れだしそうで。

いや。
もう大分前から、溢れていた気がするのは何故なんだろう。



折角だから、と法眼と弟子の南部、総司とセイの四人で朝食をとりながら法眼は総司たちに問いかける。
「で?何か思い出したか?」
法眼の問いかけに二人は首を横に振った。
「でも...おセイさんのことは何となく知っている気がします。」
総司の言葉にセイはえっ、と総司の顔を見る。
「ほう。そりゃいい兆しだ。セイ、おめえはどうだ?」
「...いえ。私は、何も...。」
申し訳なさそうに答えるセイの肩を法眼はポンと叩くと、まだ二日目だからな、と慰めた。
「あの、松本先生、外に出ては駄目でしょうか?何か知っている場所を見れば何か思い出したかもしれませんし。」
セイの言葉に法眼はうーん、と唸る。
「まあ、それも一理あるんだが何せ今は治安も良くねえし...」
法眼の煮え切らない態度に総司が助け船を出す。
「私も一緒に行きます。おセイさん一人くらい護れるくらいの技量はあると思いますよ。」
ニコリと笑う総司に法眼はひきつった笑いを返す。
(沖田と一緒だから余計に狙われそうなんじゃねえかよ。)
と思いつつ口には出さずにセイの必死な訴えをのんでやることにした。


「いいか?行き先は地図に書いてある通りの道筋を通って壬生寺だ。寄り道は絶対になしだぞ。」
「もう。子どもじゃないんですからわかってます。」
ぷうと頬を膨らませて怒る二人は深く笠をかぶって診療所を離れる。
数歩歩いたところで
「あと笠も絶対外すんじゃねえぞ!」
と法眼が叫ぶ声が聞こえた。
まるで五歳の子どもを初めて買い物に出すような騒ぎに二人は苦笑する。
「何なんでしょうね。あの心配しようは。私はずっと京に住んでいるし地理も頭に入っているんですけどね。」
セイが首を傾げながらため息混じりにそう言うと
「まあまあ。色々と心配なんでしょう。さあ、日が暮れるまでに帰らないとまた大騒ぎですから急ぎますよ。」
と総司がセイの手をとった。
ぎゅっと手を握られてセイの胸が高鳴る。
兄とはよく手を繋いでいたけれど、ゴツゴツとした大きな総司の手は兄とは全然違う。
なのに、凄く安心する。
「ちょ、沖田先生、そんなに引っ張らないでください!」
セイが転びそうになり総司の背中に顔をぶつけると総司が慌てて足を緩めた。
「ああ、ごめんなさい。つい癖で早歩きしてしまいました。..というか何故私の事を『先生』というか呼ぶのですか?」
総司の問いかけにセイが固まる。
そういえば何となく。自然に。『沖田先生』と読んでしまったけれど。
「何故、でしょうか?あ、剣術を先程教えて頂いたからでしょうか?」
総司は、ああ、と今朝の事を思い出して頷く。
しかし直ぐにあのときのセイの乱れた着物姿を思い出してしまい耳まで真っ赤になった自身に気付かれぬよう、くるりと踵を返すとまた足を早めた。
「さ、急ぎましょう。」
笠に隠れて見えない表情から少しだけ総司の気持ちが伝わってセイは総司の手をしっかりと握り返すと、はい、と小さく返事をした。


「ここが壬生寺ですねぇ。」
「私たち二人に縁があると松本先生は仰っていましたけど...私の住んでいた辺りとは大分遠いです。」
セイはそう言ってキョロキョロと境内を見回す。
法眼の診療所がある木屋町からも少し距離がある此処は都の中心部からは離れているからか広い境内にも人は少なく子どもたちがチラホラ遊んでいるだけだった。
総司たちが中に入っていくとその中の子どもの一人から声をかけられた。
「あれ?沖田の兄ちゃん?」
「え?私の事を知っているんですか?」
総司が驚いて聞き返すと少年は
「忘れたんか?あんなに遊んでやったのに。」
とケラケラ笑いだす。
そしてまあ、ええや、遊ぼう、と総司の腕を引っ張っていった。
そのうちに隣のセイに気付いた少年が嬉しそうな顔で総司の腹をつつく。
「沖田の兄ちゃん、恋人?」
「ち、違いますよ!」
慌てる総司たちを他所に周りのこどもたちがわらわらと集まってくる。
笠をとって、こんにちは、と挨拶をするセイに皆首を傾げながら
「なんや、この姉ちゃん神谷の兄ちゃんにそっくりやな。」
と口々に漏らした。
「え..?神谷...?」
その名前に総司の胸がズキンと痛む。

そうだ。神谷。神谷..。神谷ー。
私は、神谷さんという人物に何かを伝えなければならなかったー。

もやもやと渦巻く心の内をハッキリさせようと考えば考えるほど先日ぶつけた額がギリギリと痛む。
「ほな、お姉ちゃんも遊ぼ。」
別の女の子に手を引かれたセイが子どもたちの輪の中に入っていく。
「沖田先生も、行きましょう?」
振り返ったセイの笑顔は、とても懐かしく思えて総司は涙が出そうになった。



烏が鳴き始めてそろそろ帰ろうということになり皆子どもたちがバラバラと帰っていく姿を二人は笑顔で見送る。
「はあ。楽しかった!特に何も思い出さなかったけど久しぶりにからだを動かしてすっきりしました。」
嬉しそうにそう話すセイの頭を総司は優しく撫でる。
「良かったですね。」
そう笑う総司の顔が朝とは少しだけ違うような気がしてセイはなんとなく不安になった。

もしかして総司は何かを思い出したのだろうか。
自分だけ思い出さないまま、取り残されてしまうのだろうか。


セイがそんなことを考えながら俯いていると総司が、そういえば、と話題を変える。
「おセイさんは何処に住んでいたんですか?」
「え?ああ...二条通りを真っ直ぐ鴨川を抜けた先の...頂妙寺の近く...に...。」
そうですか、と頷く総司を他所にセイは考える。

そう、頂妙寺。
自分が住んでいた場所に行けば何かしら思い出すに決まっている。
松本先生は頑なに兄や父の話をしてくれないけれど家に行けば会える筈だ。

何故今までそんなことに気付かなかったのだろう、と自分に呆れてしまう。
「どうかしましたか?」
総司の柔らかい声にハッとしたセイは慌てて首を横に振る。
「いいえ、なんでも...。」

頂妙寺へ行こう。
そう心に決めるとぶつけた額がズキンと痛んだ。
まるで『行くな』という、危険信号を送っているかのように。

それでもずっとこのままぼんやりとした記憶のまま生きていく訳にはいかない。
きっと法眼が『頂妙寺』ではなく『壬生寺』に行け、と行ったのも何かしら意味があるのだろうと思うけれど。
もしも自分が忘れていることが『辛い何か』でも、受け止めよう。

「さ、帰りましょう。」
ニコリと笑って手を差し出すこの人が、とても懐かしく感じるのも、頂妙寺へ行けば何かしら思い出すかもしれない。
セイはそう思いながらその暖かな手をそっと握った。









※※※※※※※※※※※※※※※※

やっとのことで二話です。当初考えていたお話と大分変更していく予定になりました(*^^*)長くなるかな?分からないけれど頑張りますので宜しくお願い致します!
前雑記や過去作品にもポチポチありがとうございました。お返事次回に書かせて頂きますね(о´∀`о)
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どきどき♡

2話、待っていました(*^^*)

なんだかドキドキ♡
昨日、ふと風光るの1話目から読んでいて、5話まできたところなんですけど、そのせいもあってか京都の町並みとかをイメージしながら読んでいたので、すっかりお話の世界に入り込んでしまいました。
続きがとても楽しみですね(*^^*)

話が変わりますが、
以前の記事で『結婚するなら?』の話題に、本気で悩む、今日この頃です 笑

楽しい記事、これからも期待してます♡
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