◆黄昏月

◆黄昏月〈三〉

 ←我慢我慢...そしてお返事。 →へたっぴなりに頑張ったのよ。そしてお返事。
壬生寺から帰ってきた二人から法眼はそれぞれ別の部屋で話を聞くことにした。
朝の時点で記憶の戻りに二人の間で差が生じていると感じたからだ。
案の定、セイは壬生寺に行っても特に何も思い出さなかった、という。
法眼も壬生寺時代の新撰組の様子やセイの状況を知っているわけではない。
セイが子どもの頃一度だけ会っていた法眼が偶然セイと再会したのは屯所が壬生から西本願寺へ移ってからなのだ。
その時にはセイはもう古参の隊士としてなんやかんやで上司からも信頼されていたし総司への恋心も自覚しており隊での生活を多少の不自由があれど謳歌しているように感じた。
なので記憶を取り戻す手助けになるのならば西本願寺へ連れていった方が早いのだろうけれどセイは今女子姿をしている。
自分が新撰組に所属していたことさえ忘れてしまっているのだから西本願寺へ連れていくのは色んな意味で危険だろうと法眼は考えていた。
それにセイにとってはこのまま思い出さずに女子として人生をやり直した方が幸せなのではないか、とも。
なのであえて無理やり記憶を戻そう、とは法眼には思えなかったのだ。

一方総司は少しずつ記憶を取り戻しつつあった。
夕方壬生寺から帰ってきて直ぐに法眼は総司に呼ばれ何かと思えば
「神谷さんってご存知ですか?」
と聞いてきたのだ。
総司の様子から『神谷さん』が『セイ』であることもなんとなく気付いていると感じた法眼はこのまま全てを話すべきか迷った。
しかし少しずつでも記憶が戻りつつあるならば自然な形に任せるのが一番いいだろう、と思い法眼からは何も話さなかったが、総司が少し興奮気味に
「その『神谷さん』に何かを伝えようと思っていたんです」
と話すのを聞いてその『何か』がセイにとって良いことであればいい、と願わずにはいられなかった。


その日の晩。
セイが風呂から上がり、髪を拭きながら廊下を歩いていると縁側に腰かけている総司を見つけた。
月明かりに照らされているその横顔があまりに綺麗でセイは思わず総司に見とれてしまう。
今朝、稽古をしている姿を見たときからそうだった。
総司を見ていると自分の心がどうにかなってしまいそうで、怖くて堪らなくなる。
胸の奥がぎゅうと苦しくて、泣きたくなってしまって、でも同時に甘くて暖かい思いが胸一杯に溢れてくるようで。

切なくなる。

セイが甘く痛む胸を押さえていると視線に気付いた総司が笑顔で振り向いた。
「おセイさん、どうしました?」
総司の優しい声にセイは笑顔を作って首を横に振る。
すると総司は、此方へいらっしゃいと手招きした。
セイはちょこん、と総司の隣に腰かける。
こんなに近くにいて心臓の音が聞こえてしまわないか、真っ赤になっている顔がばれてしまわないか、心配で仕方がなかった。
「おセイさんは壬生寺では何も思い出さなかったんですか?」
そんなセイの気持ちなど全く気付いていないであろう総司からの問いかけにセイはコクリと頷く。
そうかぁ、と総司は少し寂しそうに空を見上げた。
「月が綺麗ですね。」
セイの当たり障りのない会話には答えずに総司は少し厳しい声で問いかける。
「おセイさん、頂妙寺に行くつもりでしょう?」
「えっ!なんで...」
確かに明日にでも頂妙寺へ行こうと思っていたが総司には勿論、法眼にも話していなかったのに心の中を見透かされていたようでセイは狼狽えた。
「法眼にも相談していないのですか?」
「はい...だって、今日壬生寺に行け、と仰るということは頂妙寺には行かせたくない理由があるからだと思うんです。だってここからだと壬生寺よりも頂妙寺の方が断然近いですし。思い出だって...。」
そこまで話してセイは今日の壬生寺の出来事を思い出す。
本当は全く何も感じなかったわけではない。
遠い昔に同じように子どもたちと鬼ごっこをしたり遊んだりしたような懐かしさはあったけれど、それは自分の子どもの頃の思い出と重なっているだけかもしれない、と思ったから特に法眼にも話さなかったのだ。
黙りこんでしまったセイを総司はじっと見据えると、ふぅと溜め息を吐く。
「行くときは私も誘ってくださいね。一人で外に出るのは危険だと法眼に言われているでしょう?」
「...はい。ありがとうございます。でも、法眼には言わないでくださいね。」
絶対に止められますから、とセイが頬を膨らませるとその可愛らしい表情に総司があはは、と声に出して笑う。
笑われたことにますますセイが頬を膨らませていると湯冷めしたのかくしゃみが一つ出た。
「あらら。風邪でもひいたら大変ですよ。」
総司はそう言って当たり前のようにセイの後ろに座り直すとふわりとその冷えた身体を抱き締めた。
「えっ、ちよ、沖田先生?」
突然の出来事にセイが慌てて身体を捻らせて振り向くと
「こうすれば暖かいでしょう?」
と何の悪気もないような笑顔を返されてしまいセイは、はあ、と気のない返事をする。
自分よりも一回り、いや二回りくらい大きくて逞しい身体にぎゅっと抱き締められていると飛び出そうなくらいに早い動きをしていた心臓が段々と落ち着いてきていつの間にかとても居心地の良い空間になってしまった。
(暖かい...)
セイはそっと自分の身体を包む長い腕に頬を寄せる。
すると総司の身体が少しだけ強ばった気がした。
「..沖田先生は誰にでもこういうことをなさるんですか..?」
セイが素朴な疑問を投げ掛けると漸く自身の行動の異常さに気付いた総司が
「えっ、いや、あのごめんなさい!嫌でしたか?」
と慌てて身体を離そうとした。
そんなつもりで聞いたわけではなかったセイは慌てて総司の腕を掴むとぎゅっと自分の身体に巻き付け直す。
「い、嫌じゃないです!とても...暖かくて気持ちいいです...」
俯きながらそう呟くセイは耳まで真っ赤に染まっていて、心なしか腕を掴んでいる手は震えている気がする。

誰にでもするわけない。セイだから、抱き締めたいと思ったのだ。

湯上がりの肌からは甘い湯の香りが漂ってきて、その白いうなじをこれ以上間近で見ていると何をしでかすか分からない、と総司は頭をブルブルと振る。
「沖田先生...?」
そんな総司の様子を心配したセイがそっと後ろを振り向く。
頬を薄紅色に染めてきょとん、と自分を見つめるセイを見て、ああ私はこのひとが好きなんだ、と総司はハッとする。
出会ったばかりなのに。
いや、『神谷さん』が本当にセイならば二人は前から会っていたはず。
自分は『神谷さん』に、セイに何を伝えたかったのだろう。

セイに対する気持ちを認めてしまうと今している自分の行動が一気に恥ずかしくなってしまって総司はみるみるうちに顔を赤くさせるとセイを抱き締めていた腕をそっと緩めた。
「沖田先生、どうされたんですか?」
セイはくるりと後ろに向き直り、突然自分から離された長い腕をきゅっと掴むと泣きそうな顔で総司を覗きこむ。
総司は我慢できない、とばかりにセイの頬を両手で包むとコツンと自身の額をセイの額にくっつけた。
「...ごめんなさい。貴女が、あまりに....可愛らしくて...」
可愛らしくて、何なんだろう、と総司は自分の心に問いかける。
『貴女が可愛らしくて恥ずかしくなりました』
それとも
『貴女が可愛らしくて欲情してしまいました』

自分の考えに総司は思わずふふ、と笑ってしまう。
その通り過ぎて。
セイがあまりに可愛らしくて、セイの全てを奪ってしまいたくなってしまったのだから。

「おセイさん...私に触れられるの、嫌ですか...?」
「え..?」
急に総司の声が甘さを含んできてセイの胸が高鳴る。
総司の鼻先がセイの鼻先を擽る。
こんなに誰かの顔が近くにあることなんて今までなかったしそれが総司だと思うと堪らなく胸が甘く痛んだ。
セイは総司の着物の胸元をぎゅっと掴む。
そして小さな震える声で、嫌じゃないです、と呟いた。

セイの言葉が終わるか終わらないか、その時に二人の唇が重なる。
「ん...!」
柔らかな初めての感触にセイは身体を強張らせるが総司は構うことなく口付けを続けた。
唇を合わせる角度を変える度に触れるだけだった唇が互いの唾液で濡れていく。
その感覚が気持ちよくて止められなくて二人はぎこちない動きで舌を絡ませて初めての口付けをたっぷりと味わった。

一度唇を離して二人は見つめ合う。
互いの潤んだ瞳からは『もっとしたい』という気持ちが溢れてくるように見える。
セイはコテンと総司の胸に身体を預けると
「...口付けって、こんなに気持ちいいんですね...」
と甘えた声で呟いた。
その言葉に総司の体温が一気に上昇する。
自分に寄りかかるセイの身体を力一杯抱き締めると
「そんな可愛いこと言われたら...この先も止められなくなっちゃうんですけど...」
と耳元で囁いた。
へっとセイから突拍子もない声が出て総司はクスクスと笑いだす。
そしてセイの頭を優しく撫でると
「嘘です...。この続きはきちんと記憶が戻ってからにしましょう...?」
と黒く艶めく髪に口付けを落とした。
セイは安心したように総司の腕の中でコクリと頷く。
そして上目遣いで総司を見上げると
「...それなら、口付けだけもう一回...したいです...。」
と消え入るような声で囁く。
総司は堪らない、とばかりに一度空を見上げて大きく息を吐くと
「勿論。何度でも..。」
と唇を重ねた。


ああ、このまま記憶が戻らなくてもいいかもしれない。
そんな風に思ってしまう自分が少しだけ、怖かった。







※※※※※※※※※※※※※※※※
書いてて思ったのは『記憶喪失』と『転生』の違いがなかなか難しいなぁということです。『記憶喪失』も『転生』も経験したことはないので妄想でしかないんですけれどね(^^;
雑記や過去作品にも拍手ポチポチありがとうございました!お返事は次回書かせて頂くのですが...一言だけお先に。rysa様、パスワードは記入しなくて大丈夫だと思いますよ!私も詳しくないのですが入力したことはないです(*^^*)どちらも拝読できましたのでご安心を(*^^*)ご心配されているかな、と思いこれだけ先に書かせて頂きました(>_<)

それではお読みくださりありがとうございました!続きもどうぞ宜しくお願い致します!
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