◆黄昏月

◆黄昏月〈完〉

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法眼の所までセイを運んで行くと、とりあえず部屋の外で待ってろ、と言われ総司と斎藤は別の部屋でセイの回復を待った。
聞きたいことは山ほどあるはずなのにじっと黙っている斎藤が醸し出す空気に堪えられなくなった総司が口を開く。
「あの..神谷さんと私の記憶が一部抜けている、ということはご存知なのですよね?」
総司の言葉に斎藤は無表情で頷いた。
「副長からそのように聞いている。神谷とは少し話して分かったが自分が新撰組に入ったことも家族の死も忘れていたようだな。」
総司は頷くとこれまでの経緯を話し出した。
自分もつい先程全てを思い出した事。法眼から無理に思い出させることはしないでほしい、と言われたこと。なので自分が武士姿でいることに違和感を感じていたセイには女子姿のまま生活してもらい家族の事も話していなかった事。

一通り話を聞き終わってからも斎藤は腕を組んだまま表情を変えない。
なんとなく気まずい雰囲気に総司がセイの様子を見に行こうと腰を上げた時。
「沖田さんは思い出したのに何故神谷は全く思い出せないんだ?」
斎藤の問いに総司は首を傾げる。
「それは...私にも分かりませんけれど。」
総司の何も考えていなさそうな答えに斎藤は少しだけ表情を変える。
そして
「思い出したくない理由でもあるのではないのか?」
とピシャリと言い捨てた。
「思い出したくない、理由ですか...?」
「例えば、もう新撰組には戻りたくない。武士としてではなく女子として生きていきたいと本心では思っている、とか。」
斎藤の言葉に総司の身体が固まる。
セイが新撰組には戻りたくない?
女子として生きていきたいー?

そんなこと、考えたこともなかった。
「え、でも...」
総司が慌てて何か言い返そうとした時、襖が開き法眼が声をかけてきた。
「セイが目覚めたぞ。」
「あ、はい...。」
総司が言いたいことを飲み込んで部屋を出ると斎藤もそのあとを黙ってついていった。


部屋に入るとまだあまり顔色の良くないセイが布団の上にちょこん、と座っていた。
セイは総司と斎藤の姿を見つけると姿勢を正して深々と頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしました。」
総司はセイの横に座ると、いいんですよ、と優しく頭を撫でる。
斎藤も総司の横に腰を下ろすと早速セイに問いかける。
「神..いや。おセイさんは未だに何も思い出せないのか?」
斎藤の問いにセイは悲しそうに頷く。
「はい。先程お寺で斎藤様が兄たちの事を教えてくださいましたがまだ信じられない気持ちです。でも...」
「でも?」
思わず総司が身を乗り出すとセイが怯えたような瞳で総司を見つめた。
「私...沖田先生を...その時に...兄たちが殺された時に見たような気がするんです...。」
「ああ。それは...」
総司が口ごもっていると斎藤が口を挟んだ。
「沖田さんがあんたを助けたんだ。」
「え?そうだったのですか?」
「あ、はい...。」
自分から言い出すのも何か恩着せがましい気がして恥ずかしそうに頷くとセイが心底安心したように笑った。
「そう、だったんですね...。良かった...。だから私、沖田先生のことを知っている様な気がしたんですね。」
良かった、と笑うセイの顔色が少し戻ってきて総司はホッとする。
曖昧だった記憶が何処かで繋がるその安心感は総司にもよく分かったから。
緊張していた部屋の空気が柔らかくなった所で斎藤が、ところで、と口を開いた。
「おセイさん、あんたは記憶がこのまま戻らなかったらどうするつもりなんだ?」
「え...」
斎藤の問いにセイは答えが直ぐに出てこない。漠然とした不安はあったけれどきちんと考えた事はいままでなかったことに今更セイは気付く。
俯いたまま黙りこんでしまったセイを見かねた総司がわざと明るい声を出した。
「また、もう。斎藤さんてば意地悪なんだから。ねえ、おセイさん大丈夫ですよね?」
総司の慰めにもセイは顔を上げない。
大丈夫、大丈夫、と総司がセイの背中をさすっていると斎藤がセイに一歩近付き
「もしも、記憶戻らなければ俺があんたの面倒を見てもいいと思っている。」
はっきりとした口調でそう告げた。
「...え?」
漸く顔を上げたセイと総司の声が重なる。
「え、斎藤さん、それってどういう意味ですか?」
総司がセイよりも早く問いかける。嫌な予感がして背中に冷や汗が流れた。
「俺は先程話したようにあんたの兄の友人だ。あんたの話はよく聞いていたしよく知っているつもりでもいる。その上で面倒を見ると言っている。」
そう話す斎藤の表情はまるで変わらないのにその堂々とした風格ある姿は総司から見ても男らしく頼もしく見えた。
「それは...神..おセイさんをお嫁にもらう、ということですか...?」
聞きたくなかったけれど、聞かないわけにはいかなかった。
斎藤がセイの事をずっと想っていることを知っていたから。
清三郎としても、セイとしても想っていることは間違いなかったから。

総司とセイ、二人が斎藤をじっと見据えていると斎藤はスッとその場から立ち上がる。そして
「そう思ってもらっても、構わない。」
そう告げると部屋から出ていってしまった。

残された二人は音も立てずに閉められた襖を見つめる。
どう声をかけていいのか分からずに総司が黙っていると後ろでセイがポソリと呟いた。
「『神谷さん』って私の事なんですよね?」
「え?!」
まさか今その話が出てくるとは思ってみなかった総司は突拍子もない声を出してセイの方に向きなおる。
「壬生寺でも...斎藤様も、沖田先生も、私の事を『神谷さん』って呼ぶときがあったから。」
そう言いながらセイが少し寂しそうに微笑んだ。
総司はそっとセイの手を握る。
「...はい。おセイさんは家族の仇を討つために『神谷清三郎』として新撰組に入隊したんです。」
「...新撰組、に。」
総司は真っ直ぐにセイを見つめながら頷く。
「神谷さんは...おセイさんは新撰組で凄く頑張ってくれていたんですよ。皆あなたの事が大好きで。」
総司がにこりと笑うとセイの瞳から涙が落ちた。
「おセイさん..?」
「私...。私、『神谷さん』が羨ましくて。皆に愛されて、必要とされていて...。女子としての私は誰にも必要とされていないのかな、と思ってしまって...。」
泣きながらそう話すセイの身体を総司は優しく抱き締める。
そして一つ大きく息を吐くと
「私は、おセイさんのことも大好きですよ?」
と耳元で囁いた。
セイはグスグスと鼻を啜りながら総司を見上げる。
「...私、思い出さない方がいいんでしょうか...?」
セイの言葉に総司の胸が痛んだ。
『思い出したくない理由があるのかもしれない』
その斎藤の言葉を思いだしてしまって。

総司はぎゅっとセイを抱き締める力を強める。

初めて新撰組に入隊試験を受けに来たときのあどけない姿。
男所帯の中で厳しい稽古にも泣きながらついてくるいじらしい姿。
池田屋に攻めていった時には逞しくもあり美しい、と思ってしまった。

そして、『沖田先生』と自分を呼ぶあの笑顔。

全部、全部、本当だったら忘れてほしくなんかない。
けれど、それがセイにとって辛い思い出だとしたらー?

「...沖田先生?」
セイの声で我に返る総司。
不安そうなセイの頬をそっと撫でる。
愛しくて、堪らない。
『富永セイ』としてだけでなく『神谷清三郎』としてだけでなく、彼女自身が彼女そのものが、愛しくて堪らないー。

「私は、おセイさんの事が好きです。...でも...。神谷さんにも伝えたい事があるんです。だから、思い出してほしい...。」
総司はそう告げるとセイの頬に伝う涙を拭った。
自分は、セイが誰でも構わない。誰であろうと何度でもセイに恋をしてしまうのだろう。
今回『富永セイ』であるセイに改めて出会う事が出来て、心からそう思った。
「沖田先生...」
二人の唇が遠慮勝ちに重なる。
セイが少し逃げるように顎を引くと総司がセイの頭を押さえて抱き寄せた。

熱い吐息が混じり合って二人の気持ちが重なるような気がする。
昨晩覚えたばかりの口付けは、やはり気持ちよくて、でもだからといってこの人以外としようとは到底思えない。
相手があなただから、こうして心も身体も心地よくなれるのだと思う。

ゆっくりと唇を離すとセイが涙目で総司を見つめてきた。
「私、思い出したいです。」
しっかりとした口調でそう話すセイの髪を撫でる総司。
「『神谷さん』が頑張ってきたこと、忘れたら『神谷さん』である私が可哀想だから...。それに、沖田先生との思い出を取り戻したいんです。」
総司は、うん、と大きく頷く。
『思い出したい』とセイが思ってくれることが素直に嬉しかった。
このまま記憶を取り戻せなくてもセイを思う気持ちに変わりはないとは思うけれど、それでも今までの思い出を無かったことにはしたくない。
どの一瞬を切り取っても、二人にとっては大切な一時だったから。

「私、斎藤先生にきちんとお話してきます。」
セイがスッと立ち上がる。
「おセイさん?でも、何も今でなくても..」
総司がセイの体調を心配して手を引くとセイはにこりと微笑む。
「決めたことは、早々に行動したいんです。私は、記憶を取り戻したい。でももし取り戻せなくても斎藤先生の、ううん。誰の世話にもならずにきちんと一人で生きていきたいから。」
そう話すセイの後ろにうっすらと月代姿の『神谷清三郎』が見えて総司は諦めたようにセイの手を離す。
頑固な『神谷清三郎』には何を言っても無駄なのだ、と笑いながら。
「分かりました。では私も一緒に行きます。」
「いえ。私一人で大丈夫ですから!」
セイは総司の申し出を断ると部屋を走って出ていってしまった。
総司は慌てて後を追いかける。
さっき倒れたばかりで心配なのは勿論、その女子姿で屯所にでも行かれたら大騒ぎになってしまうだろう。
「ちょっと、おセイさん!お待ちなさいって!」
総司の声で異変に気付いた法眼が部屋から顔を覗かせる。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「あ、法眼!神谷さんが、斎藤さんのところへ行くって飛び出しちゃって!」
「あん?あの格好でか?」
法眼も急いで廊下へ飛び出すと玄関で草履を履くセイの後ろ姿が見えて、おい、と呼び止める。
「あ、法眼。直ぐに戻りますので。」
「おい、ちょっと待て!」
法眼がセイの手を引こうと腕を伸ばした時。
ガラリ、と勢いよく玄関の戸が開いた。
「すまんが、沖田さんに伝え忘れたことが...」
「え、きゃあ!!」
突然開いた戸の向こうには斎藤の姿。
余所見をしていたために斎藤の身体に勢いよくぶつかったセイはその場に尻餅を付き、挙げ句の果てに敷居に後頭部を打ってまたしても気を失ってしまった。
「神谷さん!」
「セイ!大丈夫か!?」
法眼たちが必死にセイに呼び掛ける中、勢いよく体当たりされ尻餅をついた斎藤が腰を擦っている。
「...なんだ?取り込み中か?」
訳の分からない斎藤が尋ねると泣きそうな顔の総司が
「もうー!斎藤さんのせいですよぅー!」
と訴えながらセイを横抱きにして部屋へと走って行ってしまった。



※※
セイが目を覚ますとぼんやりと視界に映るのは、白い天井。法眼の頭。そして、月代姿の斎藤。
「...あれ?私、どうして、こんな所に...」
セイが慌てて身体を起こすと頭や身体のあちこちがズキズキと痛んだ。
「おめえ、また頭打って気を失ったんだよ。」
法眼がセイの後頭部を確認しながら呆れた顔で呟く。
「また、ですか..?またって...あれ。私、え!?何故こんな格好を!?」
セイは被っていた布団を突然放り投げると自分の着物をペタペタと触り何やら胸元を確認している。
「神谷...いや、おセイさんどうした?」
斎藤の言葉にセイは瞳を丸くする。
「お、おセイさん...?斎藤先生、何を仰って...?」
セイの青ざめた顔を見て斎藤は、もしや、と閃く。
「神谷、記憶が戻ったのか?」
「記憶...?」
「また頭を打って記憶を戻すなんておめえらしい荒治療だな!」
カカカと笑う法眼の声を遠くに聞きながらセイは考える。
記憶..。そういえば。ここ数日夢を見ていたような、ぼんやりとした記憶の中で女子姿の自分と沖田先生が一緒に過ごしていたような気がする。
「あ、あの、沖田先生は?!」
セイがキョロキョロと周りを見渡すと法眼は斎藤の方を哀れみの視線でチラ、と見た。
斎藤はその視線には気付かぬふりをして表情一つ変えずに答える。
「沖田さんは今屯所に行っている。副長から一度戻ってこい、と達しが出たからな。」
そうですか、とまだ整理しきれない頭を抱えながらセイはフラリ、と立ち上がる。
「セイ!どこ行くんだよ!またスッ転ぶぞ!」
法眼に掴まれた手をやんわりと振りほどくとセイはフラフラと廊下へ向かう。
「沖田さんの所へ行くのか?」
斎藤の問いに頷くセイ。
法眼と斎藤は同時に大きな溜め息を吐くと部屋の中からゴソゴソと風呂敷を取り出しセイに手渡す。
セイが首を傾げながら風呂敷の中を覗くとそこには見慣れた男物の着物と袴。
「屯所に向かうなら、着替えて行った方がいいぞ。」
斎藤はそう言って刀を二本セイに押し付ける。
久しぶりに手にした刀は重くて、それでもじわじわと手に馴染んでまるで『おかえり』と言われているような気持ちになった。

そうだ。私は『神谷清三郎』なんだ。

「ありがとうございます!」
セイはにっこり笑って部屋に戻るとバタバタと着替えを済ませ、適当に髪を結い直すと脇目も振らずに屯所へと走って行った。


風を切って走る道のり。
腰に携える二本はとても、とても重いけれど、なんて軽い足取りなんだろうと思う。
いつも沖田先生の後ろをついていくのが精一杯で、とても横に並ぶことなんて出来なくて。
それでもその後ろ姿をお護り出来ることがとても幸せだった。

甘いものを食べるときの幸せそうな顔も。稽古の時に見せる厳しい顔も。局長たちに見せる家族に甘えるような表情も。
『神谷さん 』と自分を呼んでくれるときの笑顔も。

全部全部、忘れなくて良かった。
思い出せて、良かった。


埃が舞う賑やかな道を人混みを避けながら走っていく途中、セイは思い出す。

ああ、そうだ。
あの時も私は沖田先生に伝えたい事があったんだ。
早く伝えたくて、会いたくて、だからあの時も今のように走っていて。

何を、伝えたかったんだろう。
とても、とても大切な事。
そう、それはとても大事な、私の想いー。


屯所の門が遠くに見えて来た時。
中から大きく手を振る人影が見えてセイは一度立ち止まり、じっとその影を見つめる。
そしてその手を振る相手が誰だか確認出来ると、もう一度走り出した。
向こうもセイに向かって駆け寄ってくる。

二人の影が一つに重なって、二人はぎゅっと強く抱き締めあう。
「神谷さん、その格好...思い出したんですね?」
総司の言葉にセイは大きく頷く。
そして身体を離してじっと見つめ合うと二人は同時に口を開いた。

「沖田先生、私、先生に伝えたい事が...」
「神谷さん、私、神谷さんに伝えたい事が...」



いつの間にか日は暮れて月が今にも顔を出しそうな黄昏時。
『あなた』が『だれ』でも、伝えたい言葉は、きっと同じー。







※※※※※※※※※※※※※※※
セイちゃん‥頭ぶつけすぎだけど..大丈夫かな?笑
斎藤先生また不憫な役どころでごめんなさい(>_<)記憶喪失って本当にあるのでしょうか?本人は勿論、周りももどかしくてしんどいのでしょうね。
それではこれにて完結。お読み頂きましてありがとうございました!そして何よりリクエストくださいましたリッチ様、本当にありがとうございました!
また雑記や過去作品にも拍手ポチポチコメントもありがとうございます(*^^*)次回にお返事書かせていただきますね!
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