◎短編

★碧空

 ←◆鬼神 六【完】 →いつも拍手ありがとうございます!
注意:史実バレ含みます。死ネタありで暗いかもしれません。






※※
その日は突然やってきて、私は知らせが書かれた文を小さく折り畳んでしまいこんだ。
沖田先生に報せるべきなのかもしれない。
でも、どうしてもできなくて。
その日は沖田先生と目が合わせられなかった。

新緑が眩しい季節だった。
江戸の初夏は爽やかで、風も気持ちよく先生の療養にはもってこいだと思っていた。
子どもの頃から住み慣れたその土地の空気はそれだけで心が休まると思うから。

でもその日だけは朝から私の心は真っ暗だった。
私の心と同調するように少しずつ空が暗くなってきて
(雨が降るかもしれない)
そう思って沖田先生の部屋の雨戸を閉めに向かった。

「沖田先生?雨が降りそうなので雨戸を閉めますね。」
私が出来るだけ何時も通り、明るい声で廊下からそう話しかけると返事がしなかった。
「沖田先生..?」
嫌な予感がして部屋の中を覗くとそこに沖田先生はいなかった。
私は、まさか、と思って部屋の隅に置いてある自分の小さな行李をあける。
するとあの時小さく小さく折り畳んでしまっておいた文がなかった。

私は思わず口元を押さえる。
沖田先生が何処へ向かったのか、直ぐに分かったからだ。
沖田先生がその場にいる、それを想像するだけで目眩がするほどの吐き気を覚えた。


「ちょっと出掛けてきます!」
お世話になっている植木屋のご主人にそう伝えると
「神谷さんも沖田先生とご一緒じゃなかったんですか?」
と目を丸くされた。
話を聞けば
『神谷さんと買い物に行くから駕籠を呼んでほしい』
と半時ほど前に沖田先生に頼まれたそうだ。
(間に合う)
私は頷いて家を飛び出す。

向かうは、板橋。


今日、板橋で近藤局長が
処刑、されるー。



※※
『お前はきっと強い武士になる』
そう言ってくれた近藤局長を師として、兄として、自分の誠として、信じてきた、と沖田先生は何時だか話してくれた。
いつだって局長と沖田先生の間には私なんかには決して入れない空気があって
それを時に羨ましいと思うこともあったけれど
今はそんな二人の関係に憧れている。
いつしか私も、沖田先生とそうなれたらいい。
そう思っていた。

もしも私が今の沖田先生の立場だとしたら、どんな気持ちだろう。

胸が張り裂けそうで、吐き気がするほど動悸が苦しくて
それはただ単に必死に走っているせいなのか、それとも心が叫んでいるのか
考えても何も答えは出てこなかった。


※※
息を切らして走って私が板橋の処刑場に着いたとき、もうすでに凄い人だかりが出来ていた。
まだ局長の姿は見えない。
このまま、全て冗談だった、と誰かが笑い飛ばしてくれたならばどんなにいいだろうか。
そんなことを考えながら私は回りを見渡した。
老若男女溢れる人混みの中を掻き分けるように私は前へ横へ進む。
どんなに人が多くたって沖田先生を見つけられる自信があった。
初めて出会った、あの市谷八幡の時のように。

「..!おき..」

人混みの中に頭一つ飛び出している影を見つけて私は急いでその元へ向かう。
途中で名前を呼ぶのを止めたのは此処が『新撰組局長、近藤勇の処刑場』だからだ。
「..沖田先生..」
やっとのことで先生に辿り着いて小さく名を呼ぶと先生はチラと私を見下ろした。
「あの..」
何を言おうと思ったのか。
今となっては覚えていない。
でも何か話そうと思って口を開いたその時。
「来たぞ!あれが近藤だ!」
どれだどれだ、と回りが騒ぎ始めて私は前を向いた。
人混みの隙間から懐かしい大好きなその顔が、見えた。
私は目眩がしそうになって思わず沖田先生の袖にしがみついた。
沖田先生がぎゅっと拳を作るのが分かった。

倒れそうなのは私じゃない。
絶対に、沖田先生の方なはずなのに。

新政府軍だろうか。
何か大きな声で話しているがよく聞こえない。
きっと局長の経歴を得意気に罪歴として語っているのだろう。
局長はそれを静かに、そして堂々と聞いていた。
一通り話が終わると新政府軍の一人が局長に話しかけた。
局長がにこり、と笑い此方を見た気がした。
沖田先生の身体から緊張が伝わった。
局長の口元が動く。
一瞬の事で、私には何を言っているのか分からなかった。
きっと、回りの人たちも誰に、何を話していたのか分からなかったと思う。
でも、局長は確実に沖田先生を見ていたー。

「局..!!」
私が思わず叫ぼうとすると、沖田先生がそっと掌で私の口元を覆った。
その掌は凄く熱くて、指先だけが氷のように冷たかった。


雲の合間から現れた太陽の光が邪魔をして、その瞬間はよく見れなかった。

いや。
私が目を反らしてしまっただけかもしれない。
気がついたら回りの人だかりがわらわらといなくなって私はただその場に立ち尽くして新政府軍たちが後処理をする姿を眺めていた。


ふ、と沖田先生を見上げると、その瞳は綺麗なほど渇いていて私と目が合うと
「帰りましょうか」
と笑った。



※※
千駄ヶ谷へ帰ると直ぐに先生は高い熱を出して三日間寝込んでしまった。
心労から来るものもあるのだろう、と私は何時もよりも心配で
(どうか、連れていかないでください)
と何度も局長に祈った。

四日目の朝。
スッキリとした顔で目覚めた沖田先生は開口一番
「お腹が空きました」
とこっちが拍子抜けする事を言い出した。
ホッとして私がお粥を持っていくと
「美味しい」
と言いながら残さず平らげた。
そんなに召し上がるのは久し振りだったので嬉しくなってお椀を下げて白湯と共に薬を持って部屋に帰ると、廊下まで聞こえる声で沖田先生が、泣いていた 。

私は今でも考える。
あの時。
沖田先生が泣いていたとき。
私は先生を抱き締めるべきだったのだろうか。
一緒に泣くべきだったのだろうか。

私は部屋には入らなかった。
ただ、廊下に座って一緒に泣いた。
本当は今すぐ沖田先生のお側に駆け寄って思い切り抱き締めて身体中を擦ってあげたかった。

でも『武士』の沖田先生はそんなことを望んでいないと思ったから。


局長が最期に沖田先生に伝えたかったこと。
それは今でも分からない。
でもきっと沖田先生にはきちんと伝わっていて、何かを得たのだと思う。

局長の最期の真っ直ぐな瞳は新撰組が輝いていたときと何一つ変わっていなかった。
何一つぶれていない、綺麗な瞳だった。
新政府軍に出頭などしないで切腹、という武士としての最期だって選べたはずだ。
だけどそれをしなかったのは沖田先生に何かを伝えたかったからではないだろうか。


『武士』とは死ぬために生きるのではない。
生きるために、死ぬのだ。

その命が尽きるその日まで、必死にー。



いつのまにか部屋から物音がしなくなって、そっと襖を開けて覗いてみると先生は泣きつかれた子どものように眠っていた。
その顔はとても安らかで幸せそうで、きっと局長と過ごした子どもの頃の夢を見ているのではないかと思ったら何だか胸が押し潰されそうで、そんな沖田先生の事が愛しくて愛しくて、そっと手を繋いで私も横になった。



※※
私もいつの間にか眠ってしまったようで目が覚めると沖田先生は起き上がって縁側に腰かけていた。
冷えたらまた熱が上がると思い慌てて肩に羽織を引っかけに行くと
「ありがとう」
と先生はにこりと笑ってくれた。
私は頷いて、また一頻り泣いた。

その日から先生はご飯をたくさん食べるようになった。
大抵は直ぐに戻してしまったり、お腹を下してしまうのだけれどそれでも
「頂きます」
と言ってニコニコ美味しそうにお粥を平らげて
「ご馳走さまでした」
と手を合わせた。
それから先生はこの先の話をするようになった。
「今年の夏は暑いかな」
「冬には雪が降るかな」
「土方さんはお嫁さんもらえるかな」
そんな他愛のない未来の話をしては笑うようになった。
でも、大好きな局長の話は中々出てこなかった。


※※
いつの間にか季節が移り梅雨に入った。
ジメジメといやな湿気と雨戸を中々開けられないことで気分まで鬱々としそうな毎日で、沖田先生はまた高い熱を出した。
ウンウン、とうなされる中で時折目覚めては夢うつつに私に話しかける。
私は手を繋いで出来るだけ笑顔でその話をただ頷いて聞く。
その日は夜遅くになって今までにないくらいに身体が熱くなり、さすがに往診の先生をお呼びしよう、とバタバタしていると
「神谷さん」
と床の中から先生が私を呼んだ。
私が側へ行くと先生は布団の中から右手を出してきたので私は素直に手を繋いだ。
先生は嬉しそうに微笑むとボソボソと話始める。
「あのね、神谷さん。」
「何ですか?」
「近藤先生がね..」
局長が亡くなってからその名を聞くのは初めてだったので私の胸がドクンと高鳴った。
「..局長が、何ですか?」
私は冷静を装って問いかける。
「近藤先生が..次の宗家を私にって..」
「え..?」
「天然理心流を継いで欲しいって..」
私の瞳から涙が溢れ落ちた。
「道場に帰るとき..貴女も一緒に、来てくれますか..?」
先生がゴツゴツとした親指で私の頬に伝う涙を拭う。
たった数ヶ月、竹刀を持たないだけでは先生の手は何も変わらない。
豆の痕がたくさんあって、重い剣をしっかりと握る為にある、私の大好きな逞しいその掌。
私はそっと先生の手を握って小さく頷いた。
「良かった..」
先生がにこりと笑う。
「先生の稽古は厳しいから、私がお弟子さんを助けてあげないといけませんね。」
私が涙を拭きながらそう言うと先生は、ふふ、と声を出して笑う。
「そうですね。稽古でぐったりしてる所に貴女がお茶とお握りを持ってきてくれて..」
「先生にはお饅頭お持ちします」
先生の手を擦りながら私がふざけてそう付け加えると先生が小さく咳き込みながら呟いた。
「..それは..幸せだなぁ..」

その時涙が一粒溢れたのは熱のせいなのか、それともー。
私はいつも先生がしてくれるように、親指でその涙を拭う。



先生は強くて、優しい『武士』だった。
真っ直ぐに前だけを見ていた。
己の病からも辛い出来事からも決して逃げずに、真っ直ぐに。

沖田先生は最期まで、最期の一瞬まで

私の憧れの『武士』でしたー。









※※※※※※※※※※※※※※※※※※
函館にある「碧血碑」。皆さん訪れたことはありますか?私は恥ずかしながらその存在さえも最近知りました。近いうちに函館に行けそうなので是非行ってみたいと思っています。「碧血碑」に伝わる伝説がとても素敵で涙が出ました。きっと局長も沖田先生も副長も山南先生も山崎さんも藤堂さんも伊東先生だってみーんなみんな、大正まで生き抜いた方たちも新政府軍で活躍した方たちも。みんなきっと碧く美しい血になっているのだろうと思います。
だからどこまでも碧い空を見ると沖田先生を思い出すのかもしれません。今年は近藤先生、沖田先生の没後150年ですね。命をかけて今の日本を作り上げてくれた彼らをいつまでも忘れずにいたいです。
そんな気持ちで急に思い立って書いたお話でした。最後まで読んでくださりありがとうございました(*^^*)すみません、お返事は次回に必ず(>_<)

『「碧血碑」の名の由来は、「義に殉じて流した武人の血は、三年たつと碧色になる」という中国の故事の一節』
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