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★☆落花流水

★☆落花流水 〈上〉

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白い雲がかかる薄い青空。
まるで泣いているかのように私に降り注ぐ薄紅色の花びら。
私の頬に落ちた花びらを優しく掬うあなた。

春の暖かな陽だまりのような、あなたの笑顔。

忘れたくない。
忘れてはいけない。

心のなかで誰かがそう叫んで、私はいつもノートに書き留める。

毎年、春の桜の季節にしか見ることのできない
不思議で、とても切ない夢をー。




※※
最初に見えたのは、空一面に広がる淡いピンク色。
15歳の春だった。

「セイ!今日も桜見に行くの?」
授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出したセイに友人が声をかける。
「そう!ごめんね、また明日!」
セイは走りながら振り返り呆れる友人に手を振った。

向かう先は、子どもの頃は家族とよく来ていた市谷八幡。
家の近くだったこともあってお正月のお参りや七五三等の行事はここで済ませていた。
ただ、桜の季節には一度も来たことがなかった。
それなのに15の春。
高校の入学式を済ませて学校を出たとき、目の前の桜の木が余りに立派に咲き誇っていて
(市谷八幡に行ってみようかな)
ふ、とそう思って帰りに寄ってみたのだ。
桜が綺麗だ、とは聞いていたけれど元々八幡自体はそんなに大きな神社ではないし都内の他の桜の名所に比べたら地味なものだろう、ということは分かっていた。
でもその日は

(行かなくては)

そう思ったのだ。
境内に入るには長い階段を登らなくてはならない。
入学式帰りの重い荷物の入った鞄を両手で抱えてやっとのことで上まで登りきると、ふわりと優しい風が吹いてセイの頬を撫でた。
その時。
一面ピンク色に染まる空が、見えたのだ。
(え..?)
不思議な光景にセイが目をこすってまた空を見上げると、そこにはいつもの青空。
合間にピンク色の桜がちらほらと見える。
何だったのだろう、と首を傾げながらセイは境内を進んでいく。
小さい頃ふざけて登ろうとして怒られた狛犬を見つけて思わず笑みが溢れた。
そっと、その狛犬に触れてみるとまた先程と同じようにピンク色の空が脳裏をかすめた。
ズキン、と頭が痛んでセイは思わずその場にしゃがみこむ。
ぎゅっと瞳を閉じると何処からか、頭の中で声が聞こえてきた。

『神谷さん』

聞き覚えがあるような、ないようなその声。
優しくて暖かな、きっと大好きなその声。
いつの間にか、ピンク色の空の下にはその声の主である背の高い青年がセイと向き合って立っていた。

『神谷さん、約束ですよ』

青年はそう言ってセイの頬をそっと撫でる。
いや、もしかしたらセイは泣いていて、その涙を拭ったのかもしれない。
『沖田先生..』
何故なら『夢』の中のセイが呟くその声は、震えていたから。


ざわざわと木が揺れる音にハッとしてセイは瞳を開ける。
頭痛も嘘のように治っていてセイはゆっくり立ち上がるともう一度空を見上げてみたが何も起きなかった。

それが最初に見た『夢』だった。
その日からセイは毎日、学校帰りに市谷八幡へ通った。
そして毎日『夢』の続きを見た。
それはまるで映画のように鮮明で、まるで自分のことを見ているかのように感情移入してしまう。
この不思議な出来事を忘れてはいけない、とセイは『夢』に見たことをノートに書き綴るようになった。

しかし市谷八幡へ通い続けて五日目。
強い雨が降り、微かに残っていた桜の花びらが全て散ってしまった次の日。
セイは『夢』を見なくなった。
それからも事あるごとに通ってみたもののやはり何も見えない。
途中まで書き上げた話の続きが気になって、その先を想像してみたりもしたけれどどうしても納得がいかなかった。
そのうちに学校生活の忙しさや楽しさも相まって暫く八幡に通わなくなり、二年生になった四月。
思い出したように、誘われるようにセイは市谷八幡へ向かった。

前に来たのは夏休み前だった。
夏休みは部活が忙しくなるからその前に、と思って日差しが強い中この急な階段を登ったのを覚えている。
約9ヶ月ぶりに登るその階段はやはりキツくて登りきると息が上がった。

初めて訪れた去年のあの日のように柔らかな風が吹いてセイを迎える。
そっと瞳を閉じるとあの時見えたのと同じ淡いピンク色の景色が見えてセイの胸はドキリと音を立てるけれど、何処かホッとしたような気持ちにもなった。
セイは誰もいない境内を進み奥の石段に腰かけると鞄から一冊のノートを取り出す。
去年の春。
初めてあの時不思議な『夢』を見てから書き綴ったノート。
セイは思い返すように最初のページから読み返していく。
今までみた『夢』の中では『沖田先生』という青年が『神谷さん』と呼ぶのはセイの事で服装や髪型を見る限り現代ではないようだ。
まるで時代劇の中の一場面のよう。
沖田先生は重い病気を患っていてきっと、もう永くは生きていられない。
そんな沖田先生に、セイは恋心を抱いていて懸命に看病している。
『夢』の中のセイの気持ちを思うといつも涙が出そうになる。
そんな事を考えながら、セイがゆっくりとノートのページを開くと涙の代わりにポトリと桜の花びらが落ちた。
セイはその花びらを指で拾い、ノートに綴られた不思議な物語を読み始めた。


※※
「神谷さん、市谷八幡へ行きたいな」
沖田先生が布団にくるまりながら独り言のように呟いた。
私は洗濯物を畳んでいた手を止めて沖田先生の顔を見る。
「市谷八幡、ですか?」
「そう。貴女と初めて会った場所ですよ」
ニコニコと笑うこの人が死病に侵されているなんて誰も思わないだろうな。
そう思ったら胸がチクリと痛んだ。
「どうして、また突然そんなに所に?」
私が問いかけると沖田先生がそっと庭先を指差す。
「..桜」
「桜?」
「そう。桜を見に行きたいんです」
そう言われて思い出したのは私が初めて沖田先生に出会った時の光景。
まだお互い子どもで迷子になっていた私を助けてくれたのが沖田先生だった。
まさか、そのあとこんな形で再会して、まして恋をするだなんて思ってもみなかった。
沖田先生がケホケホと小さな咳をする。
私は慌てて先生の背中を擦りながら小さく息を吐いた。
「..桜なら、ここからでもよく見えるのではないですか?」
ここは植木屋の離れだ。庭には沢山の季節の木々が植わっていてその中には勿論桜だって何本かある。
手入れもしっかりされていてとても美しい。
「..そうですね。ここでも、とても綺麗ですものね」
沖田先生はそう言って微笑むと布団に潜り込んでしまった。
沖田先生に気付かれないように小さく溜め息を吐いたつもりだったけれど、もしかしたら聞こえてしまっていたのかもしれない。

市谷八幡は沖田先生が師と仰ぐ近藤局長と遊びに行った思い出の場所でもある。
私と出会った場所であることは置いておいても、きっととても思い出のある場所なのだろう。
出来ることなら連れていってあげたい。
でもー。

布団の中からゴホゴホと苦しそうな咳が聞こえて私はもう一度溜め息を吐いた。
今度は沖田先生に聞こえるくらい大きく。
「仕方ないですね。今日は風もなくて暖かいし今から駕籠を呼びますから」
私の言葉にパッと布団から頭を出した先生が子どものように瞳を輝かせる。
「本当に?」
「その代わり、今日の夕飯はしっかり食べてくださいね」
私が念をおすようにじっと先生の顔を見ると先生は心底嬉しそうににこりと笑って頷いた。


※※

去年、セイが見た『夢』はそこまでだった。
この後二人がどうなったのか。
桜は見れたのか。
気になって何度も通ったけれども見れなかった『夢』の続きが今日こそ見れるだろうか。
セイがそっと瞳を閉じると暖かな風が吹いて、目の前に桜色の空が現れる。
待ちに待ったその光景にセイは胸を高鳴らせて神経を集中する。
これから見る『夢』のひとつの言葉も、ひとつの動きも忘れずにノートに残せるように。




※※※※※※※※※※※※※※※※
本当は短編で終わる予定でしたが予想外に長くなり〈上〉〈下〉に分けることにしました。桜が咲く前に完成させたいこのお話。読んでくださる方がふ、と瞳を閉じたとき桜色の空が見えることを願って..
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