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★☆落花流水

★☆落花流水 〈中〉

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※※
私は町に出て駕籠を呼び止めた。
本当はまだ迷っていたけれど沖田先生のあんな顔を見せられたらどうしても連れていってあげたかった。
千駄ヶ谷で療養に入ってから沖田先生は我が儘一つ言わずに頑張って病気と戦っていたし今回が初めての先生の我が儘だったから。
たかが桜を見に行くだけなのに、それを『我が儘』と捉えてしまう私自身の考えも嫌だったけれど。

「沖田先生、駕籠を呼んできましたよ」
「ありがとう」
春だというのに着物や羽織をたくさん着こんで駕籠へ乗り込むその足元は、ついこの間まで京の町を走り回ってきた人物と同じとはとても思えないほどおぼつかない。
私はさりげなく沖田先生の身体を支えて駕籠へ乗り込む手伝いをした。

市谷八幡までは一里もない距離で私の足に合わせて歩いても半刻もかからないほどだった。
八幡様の境内に入るには長い石段を昇らなくてはならない。
駕籠の青年たちに頼んで何とか石段の上まで昇ってもらい、やっとのことで境内に辿り着いて沖田先生を駕籠から降ろすと
「わぁ、綺麗ですね!」
沖田先生がまるで子どものような声をあげた。
石段を昇るのに必死で今まで上を見ていなかった私もその視界一面の桜を見て歓声をあげた。
「わぁ!本当に綺麗!まるで桜の空みたい!」
「貴女もなかなか風流ですね」
私の言葉に沖田先生がクスクスと笑う。
「あ、馬鹿にしてますね?」
「そんなことありませんよ」
いつまでもクスクスと楽しそうに笑う沖田先生の腕を私は、もう、とつつく。
こんな風に笑い合うのはいつぶりだろうか。
そのまま腕を支えるようにして境内の真ん中辺りにある狛犬の所まで二人で歩いていった。
「この狛犬..」
「ああ、貴女が私の事を踏み台にして登った狛犬ですよね」
「踏み台って..!まだ根にもってたんですか!」
私が呆れたような声を出すと、私は執念深いんです、と沖田先生が得意気に胸を張った。
その拍子にコホンと小さな咳が漏れて私の胸がズキンと痛む。
今だけは、病気のことも辛いことも何もかも忘れてこの暖かな幸せな一時を噛み締めていたかった。
その思いは沖田先生も同じだったのだろうか。
一瞬私たちの間に緊迫した空気が流れたけれど、それを絶ちきるかのように先生が私の髪を撫でた。
「なんですか?」
元の柔らかい空気に戻って私がホッとしたような声で聞くと
「花びら」
ホラ、と薄紅色の花びらを私に渡す先生。
「..きれい」
今はこんなにも美しい色をしているこの花びらも時と共に色褪せ、枯れていってしまうのだろうか。
口に出した言葉とは裏腹に、私がそんなことを考えているとは沖田先生は思ってはいないだろう。
沖田先生の中の『私』は純粋で、真っ直ぐで、前向きな、初めて出会った十五の頃の『私』のままなのだと思う。

「帰りましょうか」
四半時もしないうちに先生が呟いた。
「え、もうよろしいんですか?」
体調が良くないのかな、と思い不安気に先生の顔を覗きこむと私の心配とは他所に先生の顔はスッキリとしていて
「貴女ともう一度ここに来れて良かったなぁ」
と一人言のように満足そうに呟いた。

境内で待っててもらった駕籠に乗り込み千駄ヶ谷まで戻ると沖田先生は流石に疲れたのか、食事も取らずに布団の中へ潜り込んだ。
時折小さく咳をしながら中々ぐっすりと眠りにつけない先生の背中を私は優しくさする。
少し熱が上がってきたのだろうか。
その頬に赤みがさしてきて、私は手拭いを濡らしてこようと腰を上げた。
「行かないで」
その時先生が私の腕をつかんだので私はもう一度先生の方に向き直り座る。
こういう時は冷たい手拭いよりも何よりも先生の傍にいてあげることが何より先生の為になると思っていたし私もできるだけ傍にいたかった。
「沖田先生、桜綺麗でしたね」
先生の額に汗で張り付く前髪を退かすように髪を撫でながら私が話しかけると沖田先生は子どものような顔で笑いながら頷いた。
あんな風に沖田先生と出掛けられるなんて、ましてや思い出の場所に桜を見に行けるなんて夢にも思わなかった。
沖田先生の身体は心配だけれど、本当に行けて良かった。
「..先生。連れて行ってくださってありがとうございました」
私が微笑むと先生がそっと私の頬を撫でた。
気付かないうちに私は泣いていたらしい。
「..神谷さん」
「はい?」
「..私が。..私がいなくなったら私の事は忘れてくださいね」
「..え..?」
予想もしていなかった先生の言葉に私の身体が固まる。
私の緊張を感じ取った先生が慌てて、違うんです、と首を振った。
「え、と。言い方が悪かったかな。難しいな。なんていうか..これからは、貴女には貴女の人生を歩んでほしいんです」
「な、んでそんなことを..」
あまりの動揺に私はうまく言葉を紡げない。
手足の先がひんやりと冷たくなって身体が震えている気がする。
「忘れるなんて、嫌です、私は沖田先生のことを忘れたくなんてありません..」
必死に気持ちを訴えるけれど声が震えて小さな声しか出せなかった。
「神谷さん、落ち着いて」
そんな私の震える手を優しく擦りながら先生が微笑む。
「いやです、そんな話なら聞きたくありません!」
落ち着くことなんてできずに私は先生の手を振り払ってその場を離れようとするけれど思いの外、先生の力が強くて手を振り払うことが出来なかった。
沖田先生が起き上がって私の震える身体を抱き締める。
熱で熱くなっている身体からは想像もできないくらいの強い力で抱きすくめられて私は驚いた。
沖田先生にそんな力が残っているなんて思ってもみなかった。
いつの間にか。
沖田先生は私を抱き締める力も、引き留める力さえもなくなってしまっていると思い込んでいて。
いつかは別れの時が来る、なんてとっくに覚悟していたはずなのに。
いざ沖田先生の口からそんなことを言われると、こんなにも恐ろしくて辛いだなんて思いもしなかった。
私はこんなにも、弱い。

先生の前では出来るだけ泣かないように、と努めてきたのに今回ばかりは涙が止まらない。
沖田先生が困った顔をして私の涙を拭おうと手を差しのべる。
けれどそれは私の頬を掠めずに、沖田先生の顔がぼんやりと遠ざかる。

ああ、目が覚めてしまう。
駄目だ。今は、だめ。
こんな時に目覚めては駄目。


※※

必死に朧気になる沖田先生に手を伸ばすけれど、その願いは叶わず次に気がついたときには『夢』は終わってしまっていた。

セイが現実にすぐに帰れずにぼんやりと座っていると空からポツリと雨粒が落ちてきた。
ポツリポツリとどんどん雨足が強くなってきて、セイの制服の白いシャツに染みを作っていく。
セイは膝の上で開いていたノートを閉じて鞄にしまうと、その鞄を傘がわりに頭に被って家へ帰っていった。

モヤモヤとしたものが胸に残っていたけれど、涙は溢れていなかった。







※※※※※※※※※※※※※※※※※※
上下で終わると思っていたけれどやはり終わりませんでした。桜が咲く前に、と思ったら咲いちゃったからせめて散る前に書き上げられたら、と思います。「落花流水〈上〉」や過去作品にも拍手ポチポチありがとうございました!お返事は「落花流水」全て終わったら書かせてください(>_<)
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