ゆまっこの風

flowers連載中の「風光る」と「新撰組」の日記と二次小説です。

◆黄昏月〈三〉

◆黄昏月

壬生寺から帰ってきた二人から法眼はそれぞれ別の部屋で話を聞くことにした。
朝の時点で記憶の戻りに二人の間で差が生じていると感じたからだ。
案の定、セイは壬生寺に行っても特に何も思い出さなかった、という。
法眼も壬生寺時代の新撰組の様子やセイの状況を知っているわけではない。
セイが子どもの頃一度だけ会っていた法眼が偶然セイと再会したのは屯所が壬生から西本願寺へ移ってからなのだ。
その時にはセイはもう古参の隊士としてなんやかんやで上司からも信頼されていたし総司への恋心も自覚しており隊での生活を多少の不自由があれど謳歌しているように感じた。
なので記憶を取り戻す手助けになるのならば西本願寺へ連れていった方が早いのだろうけれどセイは今女子姿をしている。
自分が新撰組に所属していたことさえ忘れてしまっているのだから西本願寺へ連れていくのは色んな意味で危険だろうと法眼は考えていた。
それにセイにとってはこのまま思い出さずに女子として人生をやり直した方が幸せなのではないか、とも。
なのであえて無理やり記憶を戻そう、とは法眼には思えなかったのだ。

一方総司は少しずつ記憶を取り戻しつつあった。
夕方壬生寺から帰ってきて直ぐに法眼は総司に呼ばれ何かと思えば
「神谷さんってご存知ですか?」
と聞いてきたのだ。
総司の様子から『神谷さん』が『セイ』であることもなんとなく気付いていると感じた法眼はこのまま全てを話すべきか迷った。
しかし少しずつでも記憶が戻りつつあるならば自然な形に任せるのが一番いいだろう、と思い法眼からは何も話さなかったが、総司が少し興奮気味に
「その『神谷さん』に何かを伝えようと思っていたんです」
と話すのを聞いてその『何か』がセイにとって良いことであればいい、と願わずにはいられなかった。


その日の晩。
セイが風呂から上がり、髪を拭きながら廊下を歩いていると縁側に腰かけている総司を見つけた。
月明かりに照らされているその横顔があまりに綺麗でセイは思わず総司に見とれてしまう。
今朝、稽古をしている姿を見たときからそうだった。
総司を見ていると自分の心がどうにかなってしまいそうで、怖くて堪らなくなる。
胸の奥がぎゅうと苦しくて、泣きたくなってしまって、でも同時に甘くて暖かい思いが胸一杯に溢れてくるようで。

切なくなる。

セイが甘く痛む胸を押さえていると視線に気付いた総司が笑顔で振り向いた。
「おセイさん、どうしました?」
総司の優しい声にセイは笑顔を作って首を横に振る。
すると総司は、此方へいらっしゃいと手招きした。
セイはちょこん、と総司の隣に腰かける。
こんなに近くにいて心臓の音が聞こえてしまわないか、真っ赤になっている顔がばれてしまわないか、心配で仕方がなかった。
「おセイさんは壬生寺では何も思い出さなかったんですか?」
そんなセイの気持ちなど全く気付いていないであろう総司からの問いかけにセイはコクリと頷く。
そうかぁ、と総司は少し寂しそうに空を見上げた。
「月が綺麗ですね。」
セイの当たり障りのない会話には答えずに総司は少し厳しい声で問いかける。
「おセイさん、頂妙寺に行くつもりでしょう?」
「えっ!なんで...」
確かに明日にでも頂妙寺へ行こうと思っていたが総司には勿論、法眼にも話していなかったのに心の中を見透かされていたようでセイは狼狽えた。
「法眼にも相談していないのですか?」
「はい...だって、今日壬生寺に行け、と仰るということは頂妙寺には行かせたくない理由があるからだと思うんです。だってここからだと壬生寺よりも頂妙寺の方が断然近いですし。思い出だって...。」
そこまで話してセイは今日の壬生寺の出来事を思い出す。
本当は全く何も感じなかったわけではない。
遠い昔に同じように子どもたちと鬼ごっこをしたり遊んだりしたような懐かしさはあったけれど、それは自分の子どもの頃の思い出と重なっているだけかもしれない、と思ったから特に法眼にも話さなかったのだ。
黙りこんでしまったセイを総司はじっと見据えると、ふぅと溜め息を吐く。
「行くときは私も誘ってくださいね。一人で外に出るのは危険だと法眼に言われているでしょう?」
「...はい。ありがとうございます。でも、法眼には言わないでくださいね。」
絶対に止められますから、とセイが頬を膨らませるとその可愛らしい表情に総司があはは、と声に出して笑う。
笑われたことにますますセイが頬を膨らませていると湯冷めしたのかくしゃみが一つ出た。
「あらら。風邪でもひいたら大変ですよ。」
総司はそう言って当たり前のようにセイの後ろに座り直すとふわりとその冷えた身体を抱き締めた。
「えっ、ちよ、沖田先生?」
突然の出来事にセイが慌てて身体を捻らせて振り向くと
「こうすれば暖かいでしょう?」
と何の悪気もないような笑顔を返されてしまいセイは、はあ、と気のない返事をする。
自分よりも一回り、いや二回りくらい大きくて逞しい身体にぎゅっと抱き締められていると飛び出そうなくらいに早い動きをしていた心臓が段々と落ち着いてきていつの間にかとても居心地の良い空間になってしまった。
(暖かい...)
セイはそっと自分の身体を包む長い腕に頬を寄せる。
すると総司の身体が少しだけ強ばった気がした。
「..沖田先生は誰にでもこういうことをなさるんですか..?」
セイが素朴な疑問を投げ掛けると漸く自身の行動の異常さに気付いた総司が
「えっ、いや、あのごめんなさい!嫌でしたか?」
と慌てて身体を離そうとした。
そんなつもりで聞いたわけではなかったセイは慌てて総司の腕を掴むとぎゅっと自分の身体に巻き付け直す。
「い、嫌じゃないです!とても...暖かくて気持ちいいです...」
俯きながらそう呟くセイは耳まで真っ赤に染まっていて、心なしか腕を掴んでいる手は震えている気がする。

誰にでもするわけない。セイだから、抱き締めたいと思ったのだ。

湯上がりの肌からは甘い湯の香りが漂ってきて、その白いうなじをこれ以上間近で見ていると何をしでかすか分からない、と総司は頭をブルブルと振る。
「沖田先生...?」
そんな総司の様子を心配したセイがそっと後ろを振り向く。
頬を薄紅色に染めてきょとん、と自分を見つめるセイを見て、ああ私はこのひとが好きなんだ、と総司はハッとする。
出会ったばかりなのに。
いや、『神谷さん』が本当にセイならば二人は前から会っていたはず。
自分は『神谷さん』に、セイに何を伝えたかったのだろう。

セイに対する気持ちを認めてしまうと今している自分の行動が一気に恥ずかしくなってしまって総司はみるみるうちに顔を赤くさせるとセイを抱き締めていた腕をそっと緩めた。
「沖田先生、どうされたんですか?」
セイはくるりと後ろに向き直り、突然自分から離された長い腕をきゅっと掴むと泣きそうな顔で総司を覗きこむ。
総司は我慢できない、とばかりにセイの頬を両手で包むとコツンと自身の額をセイの額にくっつけた。
「...ごめんなさい。貴女が、あまりに....可愛らしくて...」
可愛らしくて、何なんだろう、と総司は自分の心に問いかける。
『貴女が可愛らしくて恥ずかしくなりました』
それとも
『貴女が可愛らしくて欲情してしまいました』

自分の考えに総司は思わずふふ、と笑ってしまう。
その通り過ぎて。
セイがあまりに可愛らしくて、セイの全てを奪ってしまいたくなってしまったのだから。

「おセイさん...私に触れられるの、嫌ですか...?」
「え..?」
急に総司の声が甘さを含んできてセイの胸が高鳴る。
総司の鼻先がセイの鼻先を擽る。
こんなに誰かの顔が近くにあることなんて今までなかったしそれが総司だと思うと堪らなく胸が甘く痛んだ。
セイは総司の着物の胸元をぎゅっと掴む。
そして小さな震える声で、嫌じゃないです、と呟いた。

セイの言葉が終わるか終わらないか、その時に二人の唇が重なる。
「ん...!」
柔らかな初めての感触にセイは身体を強張らせるが総司は構うことなく口付けを続けた。
唇を合わせる角度を変える度に触れるだけだった唇が互いの唾液で濡れていく。
その感覚が気持ちよくて止められなくて二人はぎこちない動きで舌を絡ませて初めての口付けをたっぷりと味わった。

一度唇を離して二人は見つめ合う。
互いの潤んだ瞳からは『もっとしたい』という気持ちが溢れてくるように見える。
セイはコテンと総司の胸に身体を預けると
「...口付けって、こんなに気持ちいいんですね...」
と甘えた声で呟いた。
その言葉に総司の体温が一気に上昇する。
自分に寄りかかるセイの身体を力一杯抱き締めると
「そんな可愛いこと言われたら...この先も止められなくなっちゃうんですけど...」
と耳元で囁いた。
へっとセイから突拍子もない声が出て総司はクスクスと笑いだす。
そしてセイの頭を優しく撫でると
「嘘です...。この続きはきちんと記憶が戻ってからにしましょう...?」
と黒く艶めく髪に口付けを落とした。
セイは安心したように総司の腕の中でコクリと頷く。
そして上目遣いで総司を見上げると
「...それなら、口付けだけもう一回...したいです...。」
と消え入るような声で囁く。
総司は堪らない、とばかりに一度空を見上げて大きく息を吐くと
「勿論。何度でも..。」
と唇を重ねた。


ああ、このまま記憶が戻らなくてもいいかもしれない。
そんな風に思ってしまう自分が少しだけ、怖かった。





我慢我慢...そしてお返事。

拍手コメントお礼♪


今週からお酒断ちしている管理人です。

何故かって?
それはね...お金がないからです!!

気づいたらちょっとビックリなくらい貧乏だったので仕事を増やすか?と考えたけどそれは無理、と思いまず節約してみよう、ということに。
ということで毎日飲んでいたビール(発泡酒ですよ)を休みの前の日だけに!
そんでもってお昼はお弁当!(社食が300円で食べれるからって甘えてた)

あとは...節約ネタ何かありますかね??
お買い物も年内は我慢しようと思います。何処に出掛けるわけでもないのでお洋服もいりません。。
私の人生で必要なのはスマホだけ...(T^T)

なんとかボーナスまでやりくり頑張ります...
あーでも飲まないって決めると飲みたくなる、というかイライラすることも多くて酒に逃げたくなる..(一番良くないパターン)でも!休肝日増やせば身体にもいいですものね!

すみません、こんな話で(^^;


それはそうとあと一週間でふらわーず発売ですね!どきどき。
「黄昏月」や過去作品にもポチポチありがとうございました!
以下にお返事書かせて頂きますね。

◆黄昏月〈二〉

◆黄昏月



先の見えない不安の中、夜遅くまで寝付けなかったセイはまだ日の光が淡い頃庭先からかすかに聞こえる素振りの音で目を覚ました。
「...兄上...?」
毎朝庭先で素振りを欠かさなかった兄の事を思い出してセイが寝ぼけ眼を擦りながら廊下へ出てみると中庭で素振りをしている総司の姿が見えた。
セイは兄の佑馬とは遊びがてらに剣を振ることもよくあった。
五歳も歳が離れていたセイが体格も性別も違う兄に勝てることなどなく、兄は日の本一強いのではないか、といつの間にか思い込んでいた時もある。
今、目の前でセイの存在にも気がつかずに一心に剣を振るこの男。
目に見えないくらい鋭い速さの太刀筋と、そして少し癖のあるその構えをセイは何故か懐かしい気持ちで眺めていた。
「エイッ!」
引き締まった気合いの声と共に縁側の方に向き直った総司は漸くセイの存在に気づく。
「ああ...。えと、おセイさん。お早うございます。起こしてしまいましたかね?」
袖で流れる汗を拭きながら総司は爽やかな笑顔で挨拶をする。
その笑顔にセイの胸がドキリと高鳴った。
「いえ...。こちらこそ、お邪魔してすみませんでした...。よく兄と稽古していたのを思いだしてしまって..」
赤くなってしまった顔を隠すように俯くセイを兄の事を思い出して泣きそうになっていると勘違いした総司が、はい、と竹刀を差し出す。
「え?」
突然竹刀を渡されて目を丸くセイの手を総司はぐいと引っ張ると
「一勝負しませんか?」
とニコリと微笑んだ。
セイはみるみる表情を明るくすると、はい!と大きな声で返事をする。
「あ、でもこの竹刀、竹刀というか木刀なんですけれど女子の貴女に振れるかなぁ。」
確かに渡された物は普通の剣術稽古で使う竹刀の二倍も三倍も太さも重さもありそうだ。
しかし難なくその木刀を握りしめ上段の構えを取るセイの姿を見て総司は、あれ、と思う。
(私の構えに、よく似ている)
少し角度に癖のあるセイの構えに総司は首を傾げながらも
「構えられただけでも上等上等。では、どこからでもいらっしゃい。」
とセイを挑発した。
「では、遠慮なく。」
セイはニコリと微笑むと構えを崩すことなくじりじりと総司との間を詰めていく。
一寸の隙もない総司の構えにセイの額からじわりと汗が滲む。
普通の素人ならば直ぐに打ち込んでくると思っていたがきちんと間合いを読むことが出来るセイの姿に総司は感心する。
そして足さばきはどうかと、ふ、とその足元に目線を移した時。
「ちょ、おセイさん!裾!」
「隙あり!!」
総司がセイの大きく開いた着物の裾に目を取られているうちにセイが勢いよく踏み込んで総司の面を狙ってきた。
そこは流石総司。軽々とそれを避けたもののセイが足元の岩場に引っ掛かって転んでしまい勢い余って総司の胸に飛び込んで来た。
「あいたた...」
尻餅を付きながらもしっかりとセイを抱き抱えた総司は腰を擦りながらも先ずはセイの様子を気にかける。
「大丈夫ですか??おセイさん?」
「はい...す、すみませんでした。つい、調子に乗ってしまって...。」
セイは慌てて総司から離れると頭を下げる。
「いや、いいんですけど...あの、今度はその、あの襟が..」
総司がセイの胸元を指さしながら真っ赤な顔をして目を反らす。
セイがハッとして自分を見ると襟元は大きくはだけて胸元がチラチラと見えているし足元も大きく乱れた裾から白い足が膝の上まで顕になっている。
「きゃっ...!す、スミマセン...お見苦しいものを..!」
セイが慌ててうしろを向いて着物を直していると騒ぎに目を覚ました法眼が頭を掻きながらやってきた。
「おめえら、朝から何やって...」
そこまで言ってあまりのセイの着物の乱れようと二人の真っ赤な顔に気付いた法眼はニヤニヤと笑いながら冷やかしの言葉をかける。
「なんだよ、邪魔したか?」
「な、な、なんの話ですか!?私たちは稽古をしていただけで、やましいことは何も...!」
二人の慌てぶりに法眼はカカカと満足そうに笑うと、朝飯出来てるぞ、と声をかけて言ってしまった。
セイは法眼を追いかけるようにして部屋へ戻っていく。
部屋の手前で思い出したように総司の方を振り返るとペコリと頭を下げた。
漸く我に返った総司は思わずセイの後を追いかけて腕を掴む。
「な、なんですか?」
驚いたセイが振り返ると総司は、何故追いかけてきたんだっけ?と自分の行動を不思議に思いながら、ええと、と口ごもる。
「あ、あの。なかなかいい打ち込みしていましたよ!」
やっとのことで総司の口から出てきた言葉は色気も何もない言葉でセイは瞳を丸くさせると、あははと大きな声で笑い出してしまった。
「ありがとうございます。またご指導お願い致します!」
花のような笑顔を残して部屋に入っていくセイ。

どうしてなんだろう。
セイの笑顔を見ると、セイに触れると、胸がぎゅっと苦しくなる。
江戸で女子はうんざりだと思う出来事があってからずっと蓋をしてきたなにかが溢れだしそうで。

いや。
もう大分前から、溢れていた気がするのは何故なんだろう。



折角だから、と法眼と弟子の南部、総司とセイの四人で朝食をとりながら法眼は総司たちに問いかける。
「で?何か思い出したか?」
法眼の問いかけに二人は首を横に振った。
「でも...おセイさんのことは何となく知っている気がします。」
総司の言葉にセイはえっ、と総司の顔を見る。
「ほう。そりゃいい兆しだ。セイ、おめえはどうだ?」
「...いえ。私は、何も...。」
申し訳なさそうに答えるセイの肩を法眼はポンと叩くと、まだ二日目だからな、と慰めた。
「あの、松本先生、外に出ては駄目でしょうか?何か知っている場所を見れば何か思い出したかもしれませんし。」
セイの言葉に法眼はうーん、と唸る。
「まあ、それも一理あるんだが何せ今は治安も良くねえし...」
法眼の煮え切らない態度に総司が助け船を出す。
「私も一緒に行きます。おセイさん一人くらい護れるくらいの技量はあると思いますよ。」
ニコリと笑う総司に法眼はひきつった笑いを返す。
(沖田と一緒だから余計に狙われそうなんじゃねえかよ。)
と思いつつ口には出さずにセイの必死な訴えをのんでやることにした。


「いいか?行き先は地図に書いてある通りの道筋を通って壬生寺だ。寄り道は絶対になしだぞ。」
「もう。子どもじゃないんですからわかってます。」
ぷうと頬を膨らませて怒る二人は深く笠をかぶって診療所を離れる。
数歩歩いたところで
「あと笠も絶対外すんじゃねえぞ!」
と法眼が叫ぶ声が聞こえた。
まるで五歳の子どもを初めて買い物に出すような騒ぎに二人は苦笑する。
「何なんでしょうね。あの心配しようは。私はずっと京に住んでいるし地理も頭に入っているんですけどね。」
セイが首を傾げながらため息混じりにそう言うと
「まあまあ。色々と心配なんでしょう。さあ、日が暮れるまでに帰らないとまた大騒ぎですから急ぎますよ。」
と総司がセイの手をとった。
ぎゅっと手を握られてセイの胸が高鳴る。
兄とはよく手を繋いでいたけれど、ゴツゴツとした大きな総司の手は兄とは全然違う。
なのに、凄く安心する。
「ちょ、沖田先生、そんなに引っ張らないでください!」
セイが転びそうになり総司の背中に顔をぶつけると総司が慌てて足を緩めた。
「ああ、ごめんなさい。つい癖で早歩きしてしまいました。..というか何故私の事を『先生』というか呼ぶのですか?」
総司の問いかけにセイが固まる。
そういえば何となく。自然に。『沖田先生』と読んでしまったけれど。
「何故、でしょうか?あ、剣術を先程教えて頂いたからでしょうか?」
総司は、ああ、と今朝の事を思い出して頷く。
しかし直ぐにあのときのセイの乱れた着物姿を思い出してしまい耳まで真っ赤になった自身に気付かれぬよう、くるりと踵を返すとまた足を早めた。
「さ、急ぎましょう。」
笠に隠れて見えない表情から少しだけ総司の気持ちが伝わってセイは総司の手をしっかりと握り返すと、はい、と小さく返事をした。


「ここが壬生寺ですねぇ。」
「私たち二人に縁があると松本先生は仰っていましたけど...私の住んでいた辺りとは大分遠いです。」
セイはそう言ってキョロキョロと境内を見回す。
法眼の診療所がある木屋町からも少し距離がある此処は都の中心部からは離れているからか広い境内にも人は少なく子どもたちがチラホラ遊んでいるだけだった。
総司たちが中に入っていくとその中の子どもの一人から声をかけられた。
「あれ?沖田の兄ちゃん?」
「え?私の事を知っているんですか?」
総司が驚いて聞き返すと少年は
「忘れたんか?あんなに遊んでやったのに。」
とケラケラ笑いだす。
そしてまあ、ええや、遊ぼう、と総司の腕を引っ張っていった。
そのうちに隣のセイに気付いた少年が嬉しそうな顔で総司の腹をつつく。
「沖田の兄ちゃん、恋人?」
「ち、違いますよ!」
慌てる総司たちを他所に周りのこどもたちがわらわらと集まってくる。
笠をとって、こんにちは、と挨拶をするセイに皆首を傾げながら
「なんや、この姉ちゃん神谷の兄ちゃんにそっくりやな。」
と口々に漏らした。
「え..?神谷...?」
その名前に総司の胸がズキンと痛む。

そうだ。神谷。神谷..。神谷ー。
私は、神谷さんという人物に何かを伝えなければならなかったー。

もやもやと渦巻く心の内をハッキリさせようと考えば考えるほど先日ぶつけた額がギリギリと痛む。
「ほな、お姉ちゃんも遊ぼ。」
別の女の子に手を引かれたセイが子どもたちの輪の中に入っていく。
「沖田先生も、行きましょう?」
振り返ったセイの笑顔は、とても懐かしく思えて総司は涙が出そうになった。



烏が鳴き始めてそろそろ帰ろうということになり皆子どもたちがバラバラと帰っていく姿を二人は笑顔で見送る。
「はあ。楽しかった!特に何も思い出さなかったけど久しぶりにからだを動かしてすっきりしました。」
嬉しそうにそう話すセイの頭を総司は優しく撫でる。
「良かったですね。」
そう笑う総司の顔が朝とは少しだけ違うような気がしてセイはなんとなく不安になった。

もしかして総司は何かを思い出したのだろうか。
自分だけ思い出さないまま、取り残されてしまうのだろうか。


セイがそんなことを考えながら俯いていると総司が、そういえば、と話題を変える。
「おセイさんは何処に住んでいたんですか?」
「え?ああ...二条通りを真っ直ぐ鴨川を抜けた先の...頂妙寺の近く...に...。」
そうですか、と頷く総司を他所にセイは考える。

そう、頂妙寺。
自分が住んでいた場所に行けば何かしら思い出すに決まっている。
松本先生は頑なに兄や父の話をしてくれないけれど家に行けば会える筈だ。

何故今までそんなことに気付かなかったのだろう、と自分に呆れてしまう。
「どうかしましたか?」
総司の柔らかい声にハッとしたセイは慌てて首を横に振る。
「いいえ、なんでも...。」

頂妙寺へ行こう。
そう心に決めるとぶつけた額がズキンと痛んだ。
まるで『行くな』という、危険信号を送っているかのように。

それでもずっとこのままぼんやりとした記憶のまま生きていく訳にはいかない。
きっと法眼が『頂妙寺』ではなく『壬生寺』に行け、と行ったのも何かしら意味があるのだろうと思うけれど。
もしも自分が忘れていることが『辛い何か』でも、受け止めよう。

「さ、帰りましょう。」
ニコリと笑って手を差し出すこの人が、とても懐かしく感じるのも、頂妙寺へ行けば何かしら思い出すかもしれない。
セイはそう思いながらその暖かな手をそっと握った。







取り急ぎ。そしてお返事。

拍手コメントお礼♪

私パソコン含め機械にめっぽう弱くて。
今までブログのテンプレート、スマホのものは変更してあったのですがPCはFC2さんの初期設定のままでした。それでも全然良かったのですが、なんとなく変更してみまして...

とても素敵なテンプレをお借りしているわけですが...
どれだけの方がPCバージョンで見てくださってるのか分からないのですが突然テンプレートが変わって、とても見にくい!前の方がいい!との意見などありましたら是非教えてくださいませ(>_<)
でも以前のはスマホ画面とすぐ切り替え出来たのに今のは出来ないのかしら...?使い勝手が全然分からないんです。またすぐ変更するかもですが宜しくお願い致します。


さてずっと前に録画しておいた新撰組土方さんについてのテレビ番組を漸く見たのですけれど。
かなりお酒を飲んでから見たのもあると思うんだけど...感動しちゃって(T^T)

私今まで土方さんは函館に行ってからずっと『死に場所を探していた』と思っていたんです。
だって近藤さんにも総司にも仲間たちみんなに置いていかれてそれでも生きて進みたい場所なんてあったのだろうか、と。

でも今回その番組を見て(ああ、土方さんは最後まで立派に戦ったのだな。)と思えたのです。
特にそういう見解が示されたわけではないんです。でもストン、とそう思えて。
最後まで死ぬつもりなんて微塵もなかった。きっと命の糸が切れるその一瞬まで(生きて戦ってやる)と思っていたのではないかと。
近藤さん亡き後の土方さんの心境の変化については見解が語られていたのですがまさに『燃えよ剣』そのもの。
やはり司馬遼太郎先生って凄い!とまた燃えよ剣を読みたくなりました。

新撰組の漫画でいうと風光るよりもピスメの方が時間的には少し進んでいて、今かなり辛い展開らしいのですが(私は単行本派なのでリアルタイムには知らない。そして10月発売の新刊にも沖田さんは一コマも出ないらしい涙)風光るも今後必ず近藤先生の最期までは描かれると思っているのでどうなってしまうのか...←私も沖田先生もね。

新撰組を題材に書くとしたらいつかは辛い展開が待っているのは十分承知しているのですが。。
多分。、絶対に。私は仕事休むと思う。(心の病だから休む)
その日はそんなに遠くないと思うと...涙ですけれどもまる先生ならきっと希望が見える描き方をしてくださると思うので(>_<)ねっ!?←誰かに同意を求めている。


それでは雑記や過去作品、「黄昏月」にも拍手ポチポチコメントもありがとうございました(*´∇`*)
以下にお返事書かせて頂きますね。


◆黄昏月 〈一〉

◆黄昏月


誰もいない副長室で山のような書類の整理をしながらセイは思う。
やはり自分は総司が好きなのだ、と。
どんなに振り回されようと、冷たくされようと、今まで総司から貰った優しさの方が胸に溢れている。

(想いを、伝えよう。)

突き放されたっていい。
このまま想いが溢れて壊れてしまうくらいなら自分がいつも、いつまでも総司の一番近くで想っている事を伝えよう。
応えてもらえなくてもいい。
ただ、伝えたいー。

セイは小さく頷くと、すっと立ち上がり総司のいる一番隊の部屋へ駆けて行った。


同じ頃、総司は隊部屋で悩んでいた。
このところセイがどんどん綺麗になっていく。
自分の恋心に気付いてしまったからなのか、はたまた十八という女盛りをセイが迎えたお陰なのか。

あの晩肩の手当てをするから、といって触れた白くて滑らかな肌が忘れられない。
毎晩のように思い出しては眠れない夜を何度過ごしただろう。

総司はすくっと、立ち上がると部屋を出る。

(伝えよう。)

こんなに悶々と毎日を過ごすくらいなら気持ちを伝えてスッキリした方がいい。
これ以上眠れぬ夜を過ごしてはいつ隊務に支障が出るかも分からない。
気持ちに応えてもらえなくても、想いを伝えるだけで何かは変わるのではないか。

そう考えて総司は隊部屋を出るとセイのいる副長室へ向かう。
逸る気持ちが総司の足取りを早くさせて気づけば廊下を走っていた。

あの角を曲がればもうすぐそこー。

二人が同時にそう思って角を曲がろうとした瞬間。


ガッターンと大きな音が屯所内に響く。
何だ何だ、と音のした方へ皆が向かっていくとそこには廊下にバタリと倒れる総司とセイの姿。
「沖田先生!?神谷!?大丈夫か!?」
一番隊の相田が二人の肩を揺らそうとすると後から駆けつけてきた斎藤がそれを止める。
「その様子だと二人は頭を打ったらしい。むやみに揺すらない方がいいだろう。」
斎藤の言葉を聞いて二人の頭を見ると確かにどちらの額も真っ赤に腫れている。
どうやら反対方向からそれぞれ走ってきた二人は、この廊下の角を曲がるときに互いにぶつかりそうになって咄嗟に避けようとした時にセイが右側の柱に、総司は左側の柱に、見事に頭をぶつけたらしい。

これが隊随一の鬼と恐れられる一番隊長と池田屋事件で『阿修羅』と呼ばれた古参隊士がすることか、と誰もが呆れた溜め息をつく中、いつまでたっても目を覚まさない二人がさすがに心配になった相田たちは斎藤に相談の上、松本法眼の元へ運ぶ次第となったのである。


※※

「...イ...セイ....」
朦朧とする意識の中で自分を呼ぶ声が聞こえてセイはうっすらと瞳を開ける。
ぼんやりと見える白い天井と...坊主頭...それと...
「...タレ目のおじちゃん!?」
ガバッと勢いよく起き上がると額がガツンと痛んだ。
いたた、と額を押さえながらゆっくりと顔を上げるとやはりそこには見たことのある顔。
「いたた...タレ目のおじちゃんですよね?何でこんなところに...?父に会いに来たのですか?あれ、というか此処は何処でしょう?」
キョロキョロと部屋を見回しながら何やらおかしい言動をするセイに法眼はもしや...と顎を擦る。
「セイ、おめえ覚えてねえのか?」
法眼の言葉にセイは怪訝そうな顔で首を傾げる。
「え...?何の話でしょうか?あの、兄上を呼んで頂けませんか?父は仕事で忙しいと思いますので。」
布団を抜け出して立ち上がろうとするセイを法眼は優しく止める。
「とりあえずここで寝てろ。いいか、セイ。おめえは頭を打って倒れたんだ。急に動くのはいけねぇ。」
肩を押さえ込まれ訳が分からないなりにセイはもう一度布団に潜り込む。
不安そうな顔をしているセイの赤く腫れた額を手拭いで冷やしながら法眼は確信に触れる質問をする。
「ところでセイ。今は何年だ?」
「え..?文久...」
法眼がやはり、と頷くのと同時に廊下でわーわーと騒ぐ声が聞こえてきた。
「ちょっと、沖田さん!まだ寝てなくては駄目ですよ!」
「離してください!こんなところで寝ていたら置いていかれる!」
騒ぐ声は止むどころかセイの休む部屋にどんどん近づいてくる。
一体何事ですか、とセイが法眼に問いかけるとパシンと部屋の襖が開いた。
「ああ、だからそっちは玄関ではなくて...」
部屋の入り口で法眼の弟子の南部が必死に総司の腕を引っ張っている。
その様子を見た法眼は、やはり沖田もか、と溜め息をついた。
「沖田...おめえは何処に行く気だ?」
法眼が頭を抱えながらそう聞くと総司は、誰だこの人は、とでも言いたげな顔をして南部の手を振り払う。
「何故私の名をご存知なのですか?いや、そんなことはどうでもいい。早く行かなければ置いていかれてしまうんですってば!」
子どものように手足をバタバタとさせながらそう訴える総司。
法眼は、落ち着け、と総司の肩を叩くと
「だから、誰と何処に行く予定なんだよ?」
なるべく声を荒げないように静かに問いかける。
その反対に総司はムッと口を尖らせると、だから、と声を張り上げた。
「近藤先生と土方さんですってば!今から京へ出発するのです!」
総司の言葉にポカンとする南部を他所に法眼は、そうかそうか、と何度も頷くと
「とりあえず近藤たちを呼んできてやるからあっちの部屋で待ってろ。」
と総司の背中を押してセイのいる部屋を出ていった。

※※
「記憶がなくなっている!?」
診療所に呼ばれた近藤と土方は法眼の言葉に目を丸くする。
「ああ。頭を強く打ったことで頭の中身が混沌としちまったんだろうな。」
そんなことがあるのだろうか、と近藤が頭を抱えていると土方が身を乗り出した。
「総司たちに会うことは可能でしょうか?」
法眼はうーん、と宙を見上げると大きな溜め息をはく。
「沖田は...まあ、おめえらの事も覚えているようだし会うことで何かしら思い出すかもしれねぇからまあいいとして...」
問題は清三郎だ、と法眼はセイの通り名を口にする。
あの後もう一度落ち着いてセイと話してみたがどうやらセイの記憶は新撰組に入る少し前からすっぽり抜けている。
家族が殺されたことも覚えていないし勿論自分が新撰組に入ったことも武士の成りをしている経緯も分かっていない。
先程自分の袴姿と月代を見て泣き出してしまったところを漸く落ち着かせてきたところなのだ。
「とりあえず清三郎に会うのは少し時間をくれ。余計に混乱すると治りが悪くなる。」
そうですか、と溜め息をついて二人は同時に同じ質問をする。
「それは、治るのですか?」
声が揃った事に笑うことも出来ず法眼は腕を組むと、分からん、と一言だけ返した。

近藤たちが総司の部屋へ入ると総司は心底安心したような笑顔を見せる。
「近藤先生!土方さん!」
布団から飛び出て二人に駆け寄ると、出発の時間は大丈夫ですか?と不安気な顔をする総司。
総司が江戸から京へ向かう直前の時期まで記憶が遡っていることは法眼から聞いていたが、まさか本当に、という絶望感は流石に隠しきれなかった。
「あ、ああ。あれならお前が倒れている間に駕籠に乗せて連れて来てしまったんだよ。」
「え!?それでは、今ここは江戸ではないのですか?」
幸い近藤たちの動揺に気付くほど敏感ではなかった総司は素直にその言葉に驚く。
「ああ。ここは京だ。」
土方が頭を抱えながらそう答えると総司は、そうなんですか、と肩を落とした。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。...て、あれ?」
総司は深々と頭を下げてから土方の顔をまじまじと見つめる。
疑わしげなその表情に土方は、まさか、と思い総司の肩を掴んだ。
「総司!もしかして思い出したか!?」
土方の必死な問いかけに総司は首を傾げる。
「何を思い出すのですか?それよりも、土方さん、何だか老けました?」
ほら、この辺の皺が増えた気がする、と自分の眉間をゴシゴシと撫でる総司の言葉に土方の手がワナワナと震える。
そのやり取りをオロオロと見ていた近藤が、まあまあ、と土方の背中を叩くと
「総司。お前はまだ額の傷が治ったという法眼の許しが出るまでここでお世話になりなさい。」
と嗜める。
尊敬する近藤の言葉であれば反抗することは出来ない。
総司は素直に、はい、と返事をすると布団へ戻っていき赤く腫れた額を撫でながら、もう大丈夫なんだけどな、と呟いた。


廊下で一部始終を聞いていた法眼が部屋を出て来た近藤たちに、ヤバイだろ、と瞳で訴える。
二人はうんうん、と何度も頷きながら大きな溜め息を吐いた。
「いつ記憶が戻るかは全く分からねえ。しかし頭が落ち着けば少しずつは思い出せるとは考えている。とりあえず七日。様子を見させてくれ。」
勿論その前に記憶が戻ればすぐに隊に戻す、と話す法眼に近藤たちは、お願い致します、と頭を下げた。


近藤たちが帰った後総司が水を飲もうと部屋を出ると廊下でセイに出会った。
すっかり互いの事も忘れている二人は怪訝な目で様子を伺う。
セイは月代があり男物の着物を着ているが総司の目にはどうみても女子にしか見えない。
「あなた...何故そんな格好をしているんですか?」
総司の問いかけにセイの瞳から涙がぶわっと溢れる。
突然の泣かれてしまったことに総司が焦っているとセイが泣きながらその場にしゃがみこんでしまった。
「わ、私の方がそんなことが聞きたいですっ!目が覚めたら知らない家に寝かされて、兄上もいないし、何故かこんな武士のような格好をしているし...どうしていいか分からないんですから!」
わんわんと子どものように泣きじゃくるセイの頭を総司はそっと撫でる。
「す、すみません。気が利かなくて..あの、私も同じですよ。目が覚めたら江戸にいたはずなのに京にいたんですからたまったものじゃないです!」
総司の慰めにも耳を傾けずにわんわん泣き続けるセイに流石に苛ついた総司が大きな声を出した。
「あなたね!子どもじゃないんですからそんなに泣かないでくださいよ!」
私だって泣きたいんですからね、と声を荒げる総司をセイはキッと睨み付ける。
「あなただっていい大人の男なのですから女子には優しくされたらいかがですか?」
いつの間にか泣き止んで強く言い返すセイ。
ムッとした二人が廊下で大声で言い合っていると向こうから法眼が呆れ顔でやって来た。
「おめえら...ここでもまた喧嘩か...まあいい。セイ、連れてきてやったぞ。」
「おセイちゃん!大丈夫なん?」
そう言って法眼の後ろから飛び出してきたのはお里。
セイはお里の顔を見てあからさまに嫌そうな顔をする。
「え...あなた、確か兄上の...?松本先生、どうしてこの方を連れてきたんですか?私は兄上を連れてきて、と頼んだはずです。」
セイがまた泣きそうな顔で法眼に訴える。
法眼とお里は困ったような顔で見合わせると、はぁと大きな溜め息をついてセイの肩を叩いた。
「とりあえず...その格好なんとかしねえと誰にも会えねえだろうが?お里さんに女子の着物を持ってきてくれるよう俺が頼んだんだよ。」
ついでに髪も結ってもらえ、と言い残すとセイとお里を残して総司を引っ張って行ってしまった。
「..」
取り残されたセイはお里の顔を真っ直ぐ見ることも出来ずに俯いている。
法眼から症状は聞いていたものの、すっかり自分の事も兄の死の事もあんなに大好きだった総司の事も忘れてしまい怯えているセイがあまりに不憫でお里はそっとセイを抱き締めた。
「ほんまに可哀想に。痛かったやろね。」
そう言ってよしよしと自分の頭を撫でてくれるお里の声を聞いてホッと心が暖まったセイは兄はこの柔らかな声が好きだったのだろうか、とぼんやりと思う。
そしてその後は素直に着替えの手伝いを受け入れ髪も結い直してもらうころにはすっかりお里に心を許せるようになっていた。


暫くして総司が中庭をうろうろとしていると法眼とお里の話し声が聞こえてきて思わず耳をすます。
「おセイちゃんほんまに何も覚えてないんやろか。」
「ああ。とりあえず富永の家の事もセイには言わないでくれねえか。これ以上混乱したらあいつ何するかわかんねぇからな。」
法眼の言葉に泣き出したのだろうか、お里の声が震えている。
「佑馬はんがもう亡うなっとるなんて知ったら...おセイちゃんは何度辛い思いせなあかんのやろか...」
お里の言葉に法眼も黙りこんでしまったようだ。

二人の会話を聞いていた総司も胸が痛んだ。
さっきの女子の家族はもう亡くなっていてそれを彼女は忘れている。
ただでさえ記憶が混沌としていて不安なのに、それを支えてくれる家族がいないなんて可哀想に。
自分には兄分の近藤と土方がいるだけでこんなにも心強いのに。

セイにとって自分が何かしら役にたつことがあればいいのだけれど。

ふ、と空を見上げると薄く雲がかかった月が淡く輝いていた。
いつだかに土方に教えてもらった『朧月』という言葉が浮かんできて、ああ、そうか。今は春だった、と総司は思う。
ふわりと柔らかな風に乗って甘い香りが漂ってきてふ、と香りのする方をみるとセイが縁側にポツリと座っていた。
その寂しそうな横顔に、何と声をかけていいのか分からなくて総司はセイに伸ばしかけた手を引っ込める。

そして総司は未だにズキズキと痛む額を押さえながら部屋へと戻っていった。


絵本紹介しちゃう?そしてお返事

拍手コメントお礼♪


最近読んで感動した絵本。201709120802563f4.jpg

最初に「せかいいちのねこ」を読んだらとても感動したので新作の「いらないねこ」を買いに行ったらシリーズの最初の本「ふたりのねこ」も並んでいたので一緒に買いました。
これは一緒に読んだ方がいい!
「ふたりのねこ」を読んでから「いらないねこ」を読むと感動が増します。

わたしも娘もねこが好きなのでジャケ買いしたのですがこの方の絵本は「絵本」とひとくくりにするには惜しい。ぜひ大人にも読んで欲しい(>_<)
「ふたりのねこ」の始まりが『ある夏の終わり、いまでもはっきりとおもいだせる公園での日々』という文章から始まるのですが、、、素敵じゃないですか!?ちなみに、最後の一文も同じ文章で締めくくられます。
今までの年齢の絵本ってだいたい『~でした』で終わる単調な文章が多かったので(それが年齢に合っているのでしょうけれど)最近は文字数も増えて表現も豊かになってきて、特にこのねこシリーズは言葉が綺麗で文章にリズムがあるというか、とても想像力を掻き立てる作りをしていると思うのです。
本が好きな子どもなら一年生でも読めると思う。かなり文章もページ数も多いので「読んで~」と言われるとかなり苦痛ですが(喉枯れると思う笑)。
絵も可愛いので本屋さんで見かけたら是非ぜひパラパラしてみて欲しいです(>_<)

風光るとは全く関係のない雑記、毎度すみません!

以下にお返事書かせて頂きますね。

拍手コメントありがとうございました!

拍手コメントお礼♪

何で忙しい時に限ってやらなきゃいけないことが沢山あるんだろう?

と悩んだ結果

やらなきゃいけないことがあるから忙しいんじゃん

という当たり前のループに漸く気がついた管理人です。

こんにちは。今年の夏は私の住む地域は暑い日が少なくてとても過ごしやすい毎日でした。9月入ってからは本当に快適~!お布団を肩までかぶれるこの季節が私は大好きです。
やらなくてはいけないことに順序をつけよう、と考えたのですがとりあえずドラクエはクリアしたから暫し休憩。でもその後の世界がすごい気になってる..
あとは、ツイッター。そうだ、依存性の今、「ツイ禁します」とか「低浮上です」とか宣言しちゃえば嫌でもやらないんじゃない?と思ったけど自分で呟かなくてもどうせ見ちゃうからあんまり意味ないことに気づいた。
ほんとは資格の為に放送大学の授業始めようと思ってたんだけども忙しいから来期でいいや(←いや、ほんとは一番やったほうがいいはず...)
ブログはね、やりますよ(*´∇`*)だってリクエスト募集しちゃったもーん!
今だかつてこんなに何個ものお話を同時進行で考えたことはありません。
絶対に忘れちゃうのでちゃんと手帳にそれぞれプロットも書きました。
「風の彩」も書くの本当に楽しかったけど次のお話も早く書きたい!妄想しながらわくわくしています(*^^*)
ちなみに次はリッチ様のリクエスト書かせて頂きますね!

そんなこんなで日課だったリンク先様初め風のブログやホームページ巡りが全く出来ていません。
いや、チラチラ覗いてはいるのです。
でもじっくり読んだりコメント送りたいのに全く出来ていません(T^T)
こんなところで謝る事ではないとは思いますが10月になったら!きっと!うざいくらいのコメント送らせて頂きますね(>_<)

あ、ここまで書いてて気がついたけど私のやらなきゃいけないことってほとんど趣味じゃんっ!
やらなくてもいいことばかり!

あ~あ。
でも人間趣味がなくなってしまったらつまらないですもんね。
人生が豊かって事でしょう(良いように言い聞かせてる)

あ、今一番やらなきゃいけないこと思い出した。それは足の爪を切ることです。こうしている間に早く切ればいいのに。

さてさて「風の彩」拍手ポチポチありがとうございました(*^^*)そして過去作品にもポチポチしてくださった方、とても嬉しいです!本当にありがとうございました。
お返事遅れてごめんなさい。以下に書かせて頂きますね。

☆風の彩 5

☆風の彩


もしも私の探していた『誰か』があなたじゃなかったら。
そう思うと涙が出た。

きっと、私は『誰か』ではなくて『あなた』を探していたのだと
今は、思うんだー。


※※

暫く総司とセイが黙って抱き合っているとセイの携帯電話が鳴った。
二人が同時にビクリとして顔を見合わせる。
そして総司が小さく頷くとセイも唇を噛み締めながら携帯を手に取った。
「あ...里ちゃんだ...もしもし?」
電話の相手は斎藤ではなく里乃だったらしい。
きっといつまでも帰ってこないセイを心配して里乃からの連絡なら出るかもしれない、と佑馬が連絡したのだろう。
「うん。うん、ごめんね。大丈夫。今から帰るね。...ううん、平気。話したいから待っててもらっていいの。」
じゃあね、とセイが電話を切る。
「里乃さん、心配してたでしょう?連絡しておけば良かったですね。」
総司の言葉にセイは首を振る。
「私、帰りますね。...斎藤先輩に、ちゃんと話してきます。」
真っ直ぐに自分を見つめる見つめるセイに総司は笑顔で頷いた。


二人が外に出ると既に雨は止んでいた。
遠くにはほんのり赤く染まった空が見える。
総司はそっとセイの手を取ると黙って歩き始めた。
言葉を紡ぐのも勿体無い。
そんなことさえ思えるような暖かな空気だった。

セイの家の前に着くと立ち止まったセイが繋がれた手をそっと離す。
「..あとで、電話してもいいですか?」
セイの言葉に総司は微笑む。
「いつでも、どうぞ。」
そしてもう一度二人は手を握りあって、別れた。


セイが家に入るのを見届けてから総司は坂を下りだす。
あの時。
セイに初めて会ったあの朝。
この坂を勢いよく自転車で降りてくるセイの姿を思い出す。
どこにぶつけていいのか分からない嬉しさと、斎藤に対する申し訳ない気持ちと、遠い昔を思い出したような切なさと。
いろんな気持ちを発散したくて、あの時のセイと同じように総司は思い切り坂を走って降りていく。

ようやくすっぽり抜けていた穴が心地よく収まったこの感じ。
セイに出会ったあの瞬間からもうすでに、自分の周りの世界は鮮やかに彩られていたんだ、と総司は気付く。
爽やかな風が吹いて総司の髪を揺らす。

『また来世で』

そう言って泣いてばかりいた少女が、漸く笑って遠くの空へ消えていくような気がした。



※※

総司が一人夕食を食べ終えてシャワーを浴び終えるとちょうどセイから電話がかかってきた。
「はい!」
勢いよく電話に出た総司に少し驚いたのか電話の向こうでセイがクスリと笑った。
「沖田先輩、今日はありがとうございました。」
「いえ..僕は何も。...風邪ひいてませんか?」
総司の優しい言葉にセイは、大丈夫です、と笑う。
「...斎藤先輩に話しました。」
「...そうですか。」
「私。私、きっと沖田先輩が『誰か』って気付く前から好きだったんだと思う。」
「え...?」
「沖田先輩が『誰』でもいいんです。あの日自転車でぶつかった時から。」

きっとあなたのことが、好きだったー。

二人はしばらく電話越しに黙りこむ。
優しい沈黙を先に破ったのは総司の方だった。
「神谷さん...今から会いに行ってもいいですか?」
「え...」
「...早く、会ってさっきの続きがしたい..。」
セイは先程総司の部屋での出来事を思い返す。
あと一ミリで重ならなかった唇。
『この続きは後で』
総司の甘い囁きが未だに耳に焼き付いている。
「はい...私も、会いたい...」
セイの返事を聞くやいなや総司は部屋を飛び出す。
電話を切るのも忘れて走る総司の足音が電話越しに聞こえてセイは思わず笑ってしまった。
クスクスと笑いながら一緒に涙が溢れる。

早く、会いたい。
早く抱き締めてほしい。
もう二度と、離さないでほしいー。


電話を切ってから15分もしないうちに総司から『着いた』とメールが来た。
セイはコッソリと家を抜け出すと門の前に立っていた総司に勢いよく抱きつく。
「沖田先輩、会いたかった...!」
セイが素直に甘えてくれる事が嬉しくて、でも少しまだ恥ずかしくて総司はセイを抱き返すと
「はは...さっき会ったばかりなのに..」
と笑った。
さすがに家の前では周りの目が気になってしまい二人は手を繋いで近くの公園へ移動する。
誰もいない真っ暗な公園のベンチに並んで腰かけると総司はずっと気になっていたことを問いかけた。
「あの...斎藤さんは、なんて?」
セイはベンチの下で足をブラブラさせながら答える。
「...私が幸せならそれでいいんだって。」
総司の頭に斎藤の無表情なのにどこか悲しそうな笑顔が浮かぶ。
斎藤もきっと既にセイの気持ちが自分にないことは気付いていて、それでも今までの関係から気を使って別れを言い出せないセイにきちんと考えてほしくてあんな行動をとったのかもしれない、と総司は考える。
適当に、相手の気持ちも考えずにホテルに連れ込むような男には到底思えなかったから。
「そうだ。沖田先輩って剣道やってたんですか?」
「え?はい。大学入る前までやってましたよ。」
結構強かったんですよ、と総司は素振りの真似をする。
「やっぱり!斎藤先輩、小学校の時に沖田先輩と試合したことがあるんですって。名前と顔を何となく覚えていてその時の表彰台の写真を見て思い出したって言っていました。」
「ええー!そうだったんですか!」
子どものときからずっと続けていた剣道は大して練習も熱心にしていなかったのに才能があったのか出場した大会ではよく優勝していた。
そういえば小学校の大会で一度だけ決勝戦で苦労したことがあったのを総司は思い出す。
その相手が確か、無表情な真面目そうな男だったことを覚えていて、あれが斎藤だったのか、と総司は納得する。
大学に入ってから一度も竹刀を握っていないけれど今ならばまた、真面目に剣の道に向き合える、そんな気がした。
「そうかぁ。だから会ったことあるような気がしたんですね。」
そうかそうか、と一人で頷く総司を見つめながらセイがニコリと微笑んできた。
「斎藤先輩、また勝負したいって言ってましたよ。」
「ええー。今度は絶対に負けますよぅ。」
別れ話の最中にそんな話をしていたのか、と驚く反面きっと嫌な別れかたではなくきちんと気持ちを伝えられたのだろうと思うと安心した。

柔らかい沈黙の後、総司はそっとセイの肩を抱くと反対の手で柔らかな頬を撫でる。
『続きがしたい』と言っていた電話での言葉を思い出してセイは頬を染めた。
ゆっくりと二人の顔が近づき、唇が触れる少し手前でセイの顔が反射的に後ろに下がる。
その恥ずかしがる仕草さえも全てが愛しくて、総司はクスリと笑うと肩を抱いていた手でセイの頭を押さえるとそのまま唇を重ねた。
そっと閉じた瞼の裏に色鮮やかな世界が広がる。
ぱあっと幕が開けたように広がる彩りに混じって何度も夢に出て来たあの人が風に溶け込むように消えていった。
消える直前、セイの方を向いて
『ありがとう』
そう言ったような気がしたー。


唇を一度離しては、もう一度口付ける。
角度を変えながら何度も、何度も。
どれがどちらの舌なのか分からないくらいに激しく、でも優しく口付けをする二人。

漸く満足して唇を離すと何だか寂しくて、でも満たされていて涙が溢れた。
「神谷さん...これからは、ずっと一緒にいましょうね。」
総司の言葉にセイはコクコクと頷く。
「神谷さん、これからはずっと蟹の殻を剥いてもらえると思ったでしょう?」
涙が止まらないセイを笑わそうとして総司が思い出したように冗談を言う。
あはは、と泣きながらも漸く笑ったセイが首を縦に振った。
「蟹の殻もそうだし、美味しいコーヒーも淹れてください...。」
総司はセイの可愛いお願いに、はいはい、と返事をして、もう一度唇を重ねる。

『また来世で』

もう、二度とそんな言葉はいらない、と思った。
だって、そんな約束がなくたって絶対にあなたを見つけてみせるから。

どんなに時が経とうと、何時だってー。



景色の中に溶けていったあの人にそう告げると、木々を揺らす柔らかな風があたたかな色に彩られていくように見えた。



ー終ー

☆風の彩 4

☆風の彩

セイと斎藤が付き合うことになった、と知ったのはバーベキューの日から一週間たった土曜日だった。

あの日から毎日のようにセイの家の坂下でセイの帰りを待ってみたりしたけれどタイミングが合わずに一週間会えずにいた総司は、遠慮せずに『会いたい』と連絡をとれば良かった、と今さら後悔する。
あの日の幸せをぼんやりと噛み締めて満足している間にあっというまに他の男に、それも斎藤にセイを取られてしまうなんて考えてもみなかった。


ショックのあまり声も出ない総司を目の前に、セイと斎藤の事を教えてくれた里乃は呆れたように溜め息をつく。
「ほんまになぁ...男ならしっかりせぇや。」
「里乃さぁん...」
ううっと涙を浮かべて自分にすがり付く大の男を里乃はよしよし、と慰めてやる。
大事な友達を振った酷い男、という印象だったのは最初だけで今ではこの情けなくも人懐こくて笑顔の可愛い総司の事をまるで弟のように思っていた。
はぁーと気が抜けた風船のように机に突っ伏している総司に里乃はそういえば、と話しかける。
「セイちゃんが色んな男の人と次々にお付き合いしとる理由って知っとる?」
「理由?」
里乃の言葉に総司は首を傾げる。
告白されれば付き合う、とは言っていたけど特に理由は聞いていないし最近の高校生はそんなものなのだろう、とくらいにしか考えていなかった。
「何か理由があるんですか?」
「前にセイちゃんから聞いたんやけど...」
セイちゃんには言わんといてね、と里乃は念を押してから話し始めた。
もともと色っぽい話しなどセイから聞いたことがなかったのに高校に入学してから次から次へと彼氏が変わっていく。
その様子を心配した里乃がセイにそれとなく聞いてみるとセイは『誰か』を探すために色んな男と付き合っているらしい。
その『誰か』とはセイの夢に度々出てくる男の事で夢では顔もハッキリ出てくるのに目が覚めるとすっかり忘れてしまっている。
それでもその人に会いたい、という気持ちはちっとも薄れなくて強くなるばかりだ、と。
夢の中で彼は必ずこう言うらしい。
『必ず来世で会いましょうね』
そこでいつも目が覚める。
すると、いつもセイは、泣いているー。

小さい頃から何度か見てきた夢だったが高校に入学する前に急に毎日のように見るようになった。
きっとこれはこの人に会える時が近付いているからではないか、と思い探すようになった、という。
「『誰か』を探して...」
総司が独り言のように呟くと里乃がうん、と頷いた。
そんな話、ロマンチック過ぎて信じられない、というのが世の中の殆どの意見だろう。
そういう運命的なものを信じたい年頃でもあると思うしセイの気持ちは里乃にも全く理解できないわけではない。
でも『誰か』が見つかるまで同じ事を繰り返していたらいつか痛い目に合うのではないか、とも思っている。
心底心配そうに話す里乃に総司は同意する。
「そうですよねぇ。女の子ですし、もしその『誰か』ではない人の子どもでも出来ちゃったら...」
総司は自分の言葉にゾッとする。
子どもが出来てしまう行為をセイが自分以外の他の男としている姿を想像するだけで吐き気がした。
「そうやね。今のところそこまで深い関係になる前に『違う』って思って別れてるみたいやけど。」
里乃の言葉に明らかにホッとする総司。
その能天気な様子を見て里乃がギロリと睨み付ける。
「でもな、セイちゃん斎藤はんと付き合うこと教えてくれた時に言うてたけど年上と付き合うの初めてなんやて。今までは相手も幼かったから良かったものの、今回ばかりはどこまで付き合いが進むかわからへんよ。」
「え...」
ふ、と総司の脳裏に思い浮かんだのは斎藤の得意気な笑顔。
『悔しかったら奪ってみろ』
そう言われているような気がした。
はぁーと大きな溜め息をついてもう一度机に突っ伏す総司。
「でも...もしかしたら斎藤さんがその『誰か』かもしれませんもんね...」
総司の気弱な発言に「あー情けない」と呆れた里乃は総司を置いて行ってしまった。

一人残された総司はぼんやりと先程の里乃の話を思い出す。
『誰か』を探している 、という言っていたあの話。
里乃には話さなかったけれど実は総司も同じような感覚があった。
小さい頃から誰と遊んでいても誰と付き合っても何処がポッカリ身体と心に穴が空いているような虚しい感じ。
セイのようにはっきりとした夢を覚えていることはなかったが朝目覚めたときに心がやけに苦しくて、そう。
泣いている時も、あったー。


セイが空から舞い降りてきた、と思ったあの日の心が満たされる感じ。
もしかしたら自分がずっと無意識に探していた『何か』や『誰か』がセイだったのではないか。

何故、その時に気づけなかったのだろうかー。


今すぐにセイに会いたい。
そう思うけれどもしもセイの探している『誰か』が自分ではなかったら。
今セイが一緒にいる斎藤がその『誰か』だったらば。

そう思うと漸く手にいれたかもしれないセイの幸せを自分の勝手で壊すことなど出来ない、と総司は唇を噛み締めた。



※※
例の坂の下の道は大学から総司の家までの帰り道でもある。
地方から出てきた総司は大学入学に合わせて近くのアパートを借りたので他に抜け道はなく、必ずその坂下の道を通らなくてはならないのだ。
もしもセイと斎藤が仲良く歩いている所を見てしまったら、と思うと怖くて今まではわざとのんびりと歩いていた道を最近では急いで駆け足で通るようになってしまっていた。

今日は土曜日。
セイと斎藤の話を聞いてからもう一月になる。
あれからセイたちには幸か不幸か会っていない。
しかし里乃からもその後の話も聞かないし、きっと二人は仲良く付き合っているのだろう。
こんなことになるならば気持ちだけでも伝えておけば良かった。
会ったばかりだから、とかセイのことを何も知らないから、とか何かと理由をつけていたけれど。
結局フラれるのが怖かっただけなのだと今は思う。

ふぅ、と大きく溜め息を付きながら空を見上げる。
昼過ぎから降り続いていた雨はまだ止みそうにない。
どんよりとした暗い空は益々総司の心を沈ませた。

(夜ご飯どうしよっかな...)

そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていると例の坂下の道に差し掛かった。
セイと出会ったあの日の夕方。
自分が買ってきたシュークリームを一緒に並んで食べたあのベンチをふ、と見つめるとなんとそこには雨でびしょぬれになったセイが座っていた。
「か、神谷さん!?」
総司は驚いてベンチに駆け寄るとセイに傘を差してやる。
「どうしたんですか!?こんなところで!びしょぬれじゃないですか!おうち、すぐそこでしょう?送るから帰りましょう?」
総司が慌てて鞄からタオルを引っ張り出してセイの顔を拭いてやる。
しかし拭いても拭いても髪から滴り落ちてくる水滴で直ぐにびっしょりになってしまう顔を見て、総司は漸くセイが泣いていることに気付いた。
「...神谷、さん?何かあったんですか...?」
総司の言葉にセイが小さく首を横に振る。
一向にベンチから動こうとしない困ってしまった総司はセイの手を引っ張るともう一度声をかけた。
「ね、とりあえず帰りましょう...?」
「うちは!うちには、今帰りたくないんです...。」
訴えるような瞳で見つめられ、総司の心臓が高鳴った。
「どうして...ケンカでもしたんですか?」
総司の優しい声にセイも少し安心したのだろうか、涙をポロポロ流し始めた。
「斎藤先輩が来てるから...」
「え...じゃあ、斎藤さんとケンカしたんですか..?」
セイの口から斎藤の名前が出てきたことに総司の胸がチクリと痛むが今はそれどころじゃない、と気持ちを入れ替える。
「ケンカ、というか...」
俯いて口ごもるセイに、総司は困ったように溜め息を吐くと
「とりあえず家にいらっしゃい。」
とセイの肩を抱いた。


※※
坂道から徒歩10分ほどの総司の家に着くととりあえずシャワーを浴びるように、とセイにタオルと着替えを手渡した。
流石にずぶ濡れで身体も冷えていたセイは素直にシャワーを浴びる。
その間かすかに浴室から聞こえてくる水音をなるべく聞かないようにしながら総司はキッチンでお湯を沸かした。

全くの下心がない、なんて言ったら嘘になるけれど決してどうこうしようと思ってセイをここに連れてきた訳ではない。
本当に何があったのか心配だったし一人であの場に残して置くわけにはいかなかった。

里乃に聞かれたらまた「情けない」なんて言われそうだけれどセイの事を大事に思うからこそ絶対に手は出さない、と心に決めて総司は一人で頷く。
「沖田先輩...あの、シャワーと着替え、ありがとうございました。」
髪もまだびしょびしょのまま部屋に戻ってきたセイの姿に直ぐにでも理性の糸がほどけそうな心に「平常心平常心」と言い聞かせながらセイの髪をゴシゴシと拭いてやる総司。
「ドライヤー使います?」
総司の言葉にセイは頭を横に振った。
総司がセイの頭からタオルを取るとボサボサの髪の毛できょとんと、と自分を見つめるセイの姿がまるで昔飼っていた犬みたいだな、と思いクスリと笑ってしまった。
「な、何ですか?」
総司の笑顔にセイが顔を赤らめる。
「いえ、なんでも...コーヒー飲めますか?」
「はい...。」
そこに座ってて、と総司は小さいソファーを指差す。
セイがちょこん、と座ったのを確認するとキッチンでコーヒーを入れ始めた。

「はい、どうぞ。お砂糖は?」
「...ください。ミルクも...」
恥ずかしそうに目を反らして頼むセイは本当に可愛い。
今すぐに、抱き締めたい。
総司は思いを掻き消すように熱いコーヒーを一口飲んだ。
「...それで?何があったんですか?」
セイは甘くしてもらったコーヒーをチビチビ飲みながら言葉を濁す。
「あの、...斎藤先輩と...」
もじもじとして先に進まないセイを総司はじっと見つめる。
「斎藤さんと?どうしたの?」
「...」
黙ってしまったセイに総司は溜め息をつくと何かお菓子でも持ってこようかと立ち上がる。
すると意を決したセイが大きな声を出した。
「あの、斎藤先輩と!ホテルに、行ったんですけど!!」
「うんうん、ホテル...?えっ!?ホテル!?」
驚きすぎた総司は皿に移そうとしていたポテトチップスをバラバラと床に落としてしまう。
「わっ!沖田先輩、大丈夫ですか?!」
セイが慌てて床に散らばったポテトチップスを拾う。
総司は落ち着け落ち着け、と心の中で唱えながら一緒にそれを拾った。
「え、と..それで?ホテルに行った、と。それで?どうしたんですか?」
チラ、とセイの顔を見れば今にも火を吹きそうなくらい真っ赤な顔をしている。
男の人に、それも久し振りに会った総司にこんなことを話すのはどんなに恥ずかしいだろう。
そう思うと途端に総司の中に同情の心が生まれてきてちっぽけな嫉妬など感じている時ではない、と腹をくくった。
「...ホテルに行ったはいいんですけど...あの、やっぱり怖くなっちゃって斎藤先輩がシャワー浴びてる間に私、逃げて来ちゃって...」
私最低ですよね、とセイが顔を両手で覆う。
「斎藤先輩から直ぐに電話もメールも来たんですけどどうしても出れなくて。そしたら、斎藤先輩車だったんですけど私よりも早く家に来たらしくて...」
だから家に帰れないのか、総司は納得する。
「そうだったんですか...。でも、きちんと斎藤さんと話したほうがいいですよ?」
グスグスと泣きじゃくるセイの頭を総司が優しく撫でてやるとセイの泣き声がますます大きくなってきてしまった。
総司はふう、と大きく息を吐くとぎゅっと、その小さな身体を抱き寄せる。
里乃の思っていた通り今までは付き合いをしてる、とは言っても友達の延長のような感じで恋人同士のするようなことは大してしてきてなかったのだろう。
それがついに大人の付き合いを目の当たりにして斎藤には悪いけれどセイはよっぽど怖かったに違いない。
「...まったく...私の服を提供しますからさっさと泣ききってしまいなさい。」
呆れたような、でも、暖かな総司の声にセイは、あれ、と思う。
この温もりを、この言葉を、自分は確かに知っている。
初めて包まれたはずの総司の長くて逞しい腕が、身体がどことなく懐かしく感じてセイはそっと瞳を閉じた。
その時。
「あ....。」
セイが総司の腕の中で身体を固める。
「...どうしました?」
総司が心配そうにセイの顔を覗きこむとセイが震える声で呟いた。
「色が、見えたんです...」
「色?」
何を言っているのか分からずに総司が首を傾げるとセイが堰を切ったように話し始めた。
「私..私夢を見ていたんです。毎日同じ夢を。同じ人が出て来て同じ事を言うんです。『また来世で』って。それでも起きた時にはその人の顔を全く覚えていなくて。でも、その、夢の景色はぼんやりと覚えているんです。まるで昔の映画みたいに白黒で、たまに、本当にたまにその人の着物が青くみえるだけで...」
総司は里乃から同じ話を聞いていたため直ぐに理解出来たが初めて聞く話ならばきっと何の事か全く分からなかっただろう。
それくらいセイは興奮して話し続けいていた。
総司はセイが少しでも落ち着くようにゆっくりと背中を擦ってやる。
「それで...今、沖田先輩に抱き締められて...見えたんです。色が...」
「え...?」
それは、どういうことなのだろう、と総司の胸が高鳴る。

「見えたんです。彩り鮮やかな景色と、夢の中の男の人の笑顔が...!」

泣きじゃくるセイの姿とふ、と重なる着物を着た少女の姿。

『また、来世で』

少女が、涙を瞳一杯に溜めながら、そう言って微笑む。



「....神谷さん....!」
総司は涙を溜めてセイをもう一度抱き寄せる。
先程よりも、もっと強い力で。
言葉で上手く伝えられない分の気持ちを込めて、強く、強くー。


「沖田先輩...」
ゆっくり身体を離したセイが甘えた声で囁く。
二人が無言で見つめ合う、と自然に少しずつ唇が近づいていく。

しかしあと一ミリで触れ合うという距離で総司が顔を背けた。

「...続きは...ちゃんと斎藤さんと話してからにしましょう...?」
総司の言葉にセイが素直にコクンと頷く。
総司はそっとセイの額に口付けを落とすともう一度、セイの身体を抱き締めた。


☆風の彩 3

☆風の彩


待ちに待ったバーベキュー当日の土曜日。
朝から買い物を頼まれたセイが重たい袋を両手に持って坂を上がっていると前に総司の姿が見えた。
「沖田先輩!」
セイは息を切らして坂をかけ登る。
すると重そうな荷物を見た総司が慌ててセイの元へ駆けつけてくれた。
何も言わずにひょい、とセイから荷物を受けとると
「今日はお邪魔しますね。」
と微笑む総司。
セイもニコリと笑いながら総司の隣に誰もいないことに気が付く。
「あれ?彼女さんは?」
首を傾げるセイの顔を総司は横目でチラと見ると
「あのあと...別れちゃいました。」
と肩をすくめた。
「えっ」
驚いて足を止めるセイ。
もしかして自分が余計な事を言ってしまったせいだろうか、とオロオロするセイをよそに総司は気持ちの良い青空を見上げながら笑う。
「ちゃんとね、今度は好きな人と付き合おうと思って。」
柔らかい声の中にも固い決意が感じられて、どこかスッキリとしたその笑顔からセイは暫く目が離せなかった。
「そっか...そうですね。それがいいと思います。」
うんうん、と頷きながら独り言のように呟くセイに総司が「だからあなたも、」と言いかけた時。
「あ、里ちゃーん!」
坂の下に里乃の姿を見つけたセイが総司の言葉を遮るように大きく手を振る。
言いたいことを最後まで言えなかった総司は少し残念だったがまた今度話せばいいや、と諦めた。
それよりも今は里乃の視線の方がなんとなく気になってしまう。
「あ、里乃さんおはようございます。今日は...よろしくお願いします...」
ペコペコと頭を下げる総司を見てセイは、ああそうか、と改めてこの二人の関係性を思い出す。
「里ちゃん、あの聞いてるよね?沖田先輩と彼女さん別れちゃったんだって。」
「聞きました。」
もう少し冷たくされるかな、と考えていたが里乃は人様の恋にとやかく口を出すほど子どもでもないらしい。
「まぁ。それは置いておいて今日はせっかくやし。皆で楽しまんとね。」
里乃はそう言うと未だに頭を下げている総司の肩をポンと叩いた。
さっぱりとした態度の里乃にホッとした総司は二人の後を追いかける。
そして人に荷物を預けたのも忘れて里乃とさっさと坂を登って行ってしまったセイに
「待ってくださいよぅ」
と情けない声を出す総司なのであった。

※※

セイの家に着いて総司は一通り家族に挨拶を終えると庭で火をおこしていた兄の佑馬の向かいに腰かけた。
「何か手伝うことありますか?」
総司の申し出に佑馬は「じゃあそこの炭をとってください」と頼む。
女たちが台所でわいわいと料理の準備を楽しそうにしているのを横目で見ながら総司が、いいなぁと呟いた。
「家族皆さん、仲が良いですよね。里乃さんも溶け込んでるというか。」
総司の言葉に佑馬は嬉しそうに微笑んだ。
「里乃は早くに母親を亡くしているから家の母が余計に可愛がってるみたいで。」
へぇ、と総司は頷く。
勿論里乃もとても素敵な女性なのだろうけどそれと同じくらいセイの母親も優しくて心の広い人物なのだろうな、と思った。
「セイなんかはね。」
突然佑馬の口からセイの名が出てきたことに総司はドキッとして顔を赤らめる。
まるで今セイを目で追っていたのがバレてしまったのかと思ったのだ。
それに気付いていたのかいないのか、総司の反応に佑馬はクスリと笑いながら話を続ける。
「セイは僕が最初に里乃を連れてきた時なんて酷かったんですよ。自分で言うのも何なんですけどセイは本当に僕になついているからヤキモチ妬いたんでしょうね。部屋から一歩も出てこなかった。」
その時の事を思い出したのか佑馬が声に出して笑う。
「でもいつだったか家の前の坂の下でセイが同級生の男に言い寄られているのを見た里乃が『嫌がってるんやからやめなさい!』って一喝してセイを助けた事があって。それからかな。僕よりも里乃の方になついちゃって。」
何となく想像がつくその場面を頭に描きながら総司はセイをまた目で追ってしまう。
ニコニコと楽しそうに里乃の後を追いかけるセイはまるで小さな子どものようで、あんな風に頼られてみたいな、と総司は思った。
その後も総司と佑馬が学校やら仕事やらの話をしているとセイが缶ビールを両手に持ってやって来た。
「お兄ちゃん、火はついた?そういえば斎藤先輩遅くない?」
はい、と二人にビールを手渡すとちょこん、と総司の隣に座るセイ。
佑馬の隣ではなく自分の隣に来てくれたことが嬉しくて総司はニヤニヤしてしまう顔を隠すようにぐいっと勢い良くビールを喉に流し込んだ。
「斎藤、先輩って?」
総司が問いかけると斎藤に電話をかけている佑馬の代わりにセイが答える。
「お兄ちゃんの昔からの友達なんですけど。多分沖田先輩と同じ歳かな?近所に住んでいるんですけどね。」
そこまで説明したところで佑馬が電話を切る。
「何か遠くのケーキ屋までデザート買いに行っててもうすぐ着くって。」
佑馬の言葉にセイがばんざーいと両手をあげる。
この前のシュークリームの時といい、きっとセイは甘いものが大好物なのだろう。
「あ、神谷さん僕もおやつ買ってきたので食べてくださいね。」
何となく斎藤、という人物に負けるわけにはいかない、とばかりに総司が大きな声を出す。
そんな気持ちには全く気付かないセイは
「本当ですか?お腹空いたから先に頂いちゃおうかな~」
と台所へ戻っていった。
可愛いなぁ、と頬を染めながらセイを見つめているとその様子をニコニコと見ていた佑馬に気が付き総司は慌ててセイから目を反らす。
「セイは...ちょっと鈍感ですから...頑張ってくださいね。」
佑馬の言葉に自分の気持ちなどバレバレなのか、と総司は肩を落とすと、はい、と小さく返事をした。

暫くして斎藤が両手一杯にデザートを抱えてやってきた。
それを受け取ったセイの母親が、冷蔵庫入るかしら、と嬉しそうに台所へ運んでいく。
セイに案内されて部屋に入ってきた斎藤に総司は頭を下げる。
「初めまして。沖田です。今日はよろしくお願いします。」
「沖田、さんですか。斎藤です。宜しく。」
ボソリと呟くその喋り方になんとなく聞き覚えがあって総司は首を傾げる。
「あの...斎藤さん、どこかで会ったことありませんか...?」
総司の言葉に斎藤は脅えた顔をしながら
「なんだ。新手のナンパか?悪いが俺は男とどうこうなる趣味はないぞ。」
「えっそんなつもりじゃ..!」
斎藤の誤解を解こうと総司がオロオロしていると後ろで聞いていた佑馬が我慢できずに笑いだす。
「あはは!沖田さん、大丈夫ですよ!今のは斎藤の冗談です。」
「えっそうなんですか?!」
焦って斎藤と佑馬の顔を交互に見まわす総司を気にすることなく斎藤は台所から飲み物を運ぶ手伝いをテキパキとしている。
総司も慌てて肉や野菜が盛られている皿を運び始めた。

※※
「ではカンパーイ!」
それぞれが飲み物を片手に楽しい時間が始まった。
美味しそうにビールを飲む大人たちを横目にセイが恨めしそうな声を出す。
「いいなぁ。みんなはお酒。私はコーラ。」
「あと三年の我慢だな。」
佑馬がわざとらしくセイの頭を撫でるとセイが益々口を尖らせる。
「お父さんがいればなぁ。飲ませてくれるのに。」
セイの言葉に総司がそういえば、と口を挟む。
「お父さんは?お仕事ですか?」
「父は北海道に単身赴任中なんです。」
セイが答えると横から里乃が、ほんまに優しいお父様なんやで、と笑った。
「セイ~ちょっと手伝って~!」
乾杯のあと直ぐに台所へと帰っていった母がセイを呼ぶ。
セイは面倒くさそうに、はいはい、と腰を上げると部屋の中へ入っていった。
癖になってしまったかのように総司がセイを目で追っていると斎藤がポソリと呟く。
「沖田さんとセイは付き合っているのか?」
「え!?」
斎藤の言葉に驚いたのは意外に総司だけで佑馬と里乃は聞いていない振りをしている。
「いえ!付き合ってなんていませんよ!まだ会ったばかりですし..」
「そうか。」
斎藤は短く返事をするとコップに入っていたビールを一気に飲み干す。
そう。まだ、会ったばかり。
自分の言葉に総司は落ち込む。
まだ自分はセイの事を何も知らない。
どんな生活を送っていて小さい頃はどんな子どもだったのか、何が好きで何が苦手なのか。
どんな男と付き合ってきたのかー。

ゴクゴクと次々にグラスをあける斎藤をチラリと見ながら総司は考える。
斎藤は佑馬とは昔からの友人だと言っていた。
セイの事を「セイ」と名前で呼ぶくらいだからセイとの付き合いも相当長くて、深いのだろうか。

「あの、斎藤さんは?彼女いるんですか?」
総司が話をふると斎藤がグラスをコトリ、とテーブルに置き総司をじっと見る。
「恋人はいない。しかし好きな女なら、いる。」
「へ、へえ。斎藤さんが好きになる人なら素敵な女性でしょうね~」
あはは、とヘラヘラ笑いながら総司が話を合わせていると斎藤がふっと低い声で笑った。
「セイのことだ、と言ったらどうする?」
この斎藤の言葉に驚いたのはさすがに総司だけではなかったらしい。
聞いていないふりを決め込んでいた里乃も思わず振り返り二人の顔を目を見開いて見ている。
佑馬は薄々斎藤の気持ちに気付いていたのだろうか。
何も言わずに肉を焼き続けていた。
「え...セイって、あの、神谷さん...?」
そっとセイを指さしながら総司が呟く。
その総司の問いかけには答えることなく斎藤はまた目の前のビールに没頭しはじめてしまった。
さっきのような冗談なのか、本気なのか斎藤が何を考えているのかさっぱり分からず総司が思わず佑馬に助けを求めようとした時
「みなさーん!今日のメインの蟹ですよ~!」
セイが山盛りの蟹の足が乗った皿を運んできた。
その豪華さに斎藤の言葉など忘れて、わー!すごーい!と目を輝かせる総司。
「沖田先輩、蟹はお好きですか?父が北海道から送ってきてくれたんですけど美味しいですよ~!」
佑馬が肉を避けてくれた部分の網に蟹足を乗せながらセイが得意気に話す。
「はい!大好きです!殻を剥くのも大好きです!」
「では沖田さんに全て剥いてもらおう。」
総司の言葉に斎藤が呟く。
えっと驚く総司を他所に隣で佑馬がクスクスと笑っていて、ああ冗談か、とホッとしたのも束の間。
ふ、と総司は先程の佑馬の様子を思い出す。
さっきのセイの話では佑馬は何も反応していなかった。
ということは斎藤がセイを好きだという気持ちは冗談ではなく本気なのだろうか。

総司がぼんやりと考えているとセイから焼けた蟹足を手渡された。
「はい。沖田先輩の分と私の分。私は剥くのが苦手なのでお願いしまーす!」
こんなに可愛い笑顔で言われて断れる訳がない。
総司はへらへらと笑いながら次から次へと渡される蟹の足を食べる暇もなく殻を剥き続けたのであった。



何が嬉しかったかというとセイが当たり前のように自分の隣に座ってくれた事。
他に知り合いのいない自分を気遣ってのことだったのかもしれないけれど。
それでも隣に座って、笑顔を向けてくれて、たくさん話ができた。

それだけで今日は最高に幸せだ、と思えてしまって。
そこで満足してしまったことを

後からこんなに後悔することになるなんて、その時は気付けなかったんだー。






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